シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

異文化を理解はしても、私はどこまでも日本人

また新たな文化の違いで、ちょっとした混乱を招いたのでここに残しておくことにした。今回改めて思ったのは、異文化を理解や尊重はしてもその異文化に自分が無理をして合わせる必要はないということ。

あるシンガポール人が知り合いの中国人のための部屋を探しており、私に部屋を紹介してくれそうな友達はいないかと聞いてきた。なぜ外国人の私に(それに私は不動産業はしていない)そんなことを聞いてくるのか?と思いながらも、一人思い当たる中国人の友人がいた。彼女はシンガポールで家を買ったが香港に引っ越すので、去年家を貸に出していた。もしかして空いてたりするかなと思いコンタクトしてみると、なんとこの六月に空くというではないか。写真を見ると、なかなかキレイないい感じのフラット。立地もセントラルエリアに近いので、家賃はきっと安くはない。やはり家賃は要相談とのことで、写真とその旨を私のシンガポール人の友人に伝えた。

『家賃が高すぎると、ちょっと無理かもしれません』とだけ返信され、だからどうしたいのかが分からない。なんでこういう時に普段のストレートなコミュニケーション法を取らないんだ?と思いながら、私もどうしようもないので『じゃあ、とりあえず放っておきますね。あまり役に立てなくてスミマセン。』と返信しておいた。すると、お礼を頂いた後に『来週火曜日にその友人がシンガポールに来るので、数日か一週間くらい滞在できる場所を探さないといけない』とテキストされる。「???」ちょっと私には理解できない。私にこれ以上何をしてほしいのか。日本的なこの”何を言わんとするのか察せよ”というコミュニケーション法をシンガポール人から受けたことがほぼ皆無だったため、また私もダイレクトな「Yes or No」コミュニケーションに慣れてしまい、相手の意図をあれこれ考えて読むのが非常に面倒くさくなってしまった。要望をストレートに言ってくれたらいいのに。結局私がこれ以上できることはないので、こちらからはストレートに(しかし丁寧に)その旨を伝えることにした。

(直球は気持ちよい)

f:id:Nisshi:20180421151224j:plain

もしかしたら、うちにその中国人の友人を泊めてくれないかという意図だったのかもしれない。そうだとすると、正直私には関係がない・・・。その中国人は見ず知らずの人であり私の友人ではない。何か助けられればよかったけれど、助ける義理も見当たらない。(あぁ、これこそ日本人的な考え方!)中国の文化では友達の友達の友達は自分の友達的な、他人を身内のように助ける範囲が広いことは知っている。そして今回もその一部だということは理解している。しかしいくら文化の違いを理解はしても、私はどこまでも日本人である。無理をして相手の文化に従う必要はないのだ。無理なものは無理と言えばいいし、それで親交が途絶えるのならきっと本物じゃなかったのだろう。他人のために無理をして自分を変える必要はない。どこにいても誰と付き合っていても相手を尊重はしても、『自分は自分』というぶれない軸を持つことも異文化交流(いや、日本人同士でも同じか)に必要なことなのだと思う。でないと身がもたん・・・。

今回のおかげで、久々に香港に引っ越した友人とコンタクトが取れてよかったけれど、確か彼女にも昔似たようなことで驚かされたっけ。二回しか会ったことのない私に、自分が働く会社と日系企業とのミーティングの通訳を依頼されたなぁ。しかもその時私は彼女の顔を立てて、できるかどうか分からないがそのミーティングに出たのだ。オーストラリア人の彼女のボスの横にスーツを着て涼しい顔をして座って。でももう無理をしてそんなことはしない。無理をするとその相手と付き合うことに疲れてしまって、逆にいい付き合いにならないから。