シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

チャイナタウンのTeoさんと中国語の先生とのお別れ

今日は大変お世話になったTeoさんとのお別れだった。色んな人によくして頂いたが、特にTeoさん無くして私の充実したシンガポール生活はありえなかった。

12時にTeoさんのお店に行く。「お久しぶりです!また会えてうれしいです!」「まぁ、どうぞ。まずかけてください」私はきれいにラッピングされた和菓子の手土産を渡した。Teoさんからは赤色にゴールドで「福」と書かれた美しい巾着に入った贈り物を頂いた。少し小話をして、一番始めに一緒にディナーを取った近くの韓国料理屋へ行く。「そんなにたくさん食べられませんので」と事前に言ったが、いつも通りたくさん注文してくれた(笑)「ビールを飲みますか?」「そうですね、今日は特別ですから頂きます」Teoさんはビールに氷を入れる。私はお腹を壊すといけないので、常温のぬるいビールを飲む。「干杯!(乾杯)」

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「あなたが日本に帰ってしまうのは悲しいです。寂しくなります」「私もです。日本に帰ることが決まってからチャイナタウンを歩いていた時、とても悲しくなりました。チャイナタウンはTeoさんとの思い出でいっぱいです」二人で一緒に過ごした時を回想した。一番始めにここに来た時あそこに座ったねとか。もう閉まってしまったけどあそこの点心へ行ったねとか、ボボチャチャ食べたねとか。「大阪に日本人と結婚したシンガポール人がいるから、その人に繋いであげよう。もし大阪の近くに住んで何か困ったことがあったら、その人に頼りなさい」どこの誰だか存じ上げませんが、ありがとうございます。シンガポール人に関西で会えるというだけで、なんだかほっとします。きっとシングリッシュが恋しくなるはず。

それから何かの話から陰と陽の話になった。「物事は全て表裏一体です。何でもポジティブな面もあればネガティブな面もあります。あなたにとっては簡単でも私にとっては難しい、もしくは逆の場合もあります。みな考え方や捉え方が違うので『これはこういうものだ!』と決めることはできません。それを覚えておきなさい」「その通りです。忘れないようにします」私が親交を持っているシンガポール人は共通してみなこの考え方を持っていた。

ところで我々の会話は99.5%が英語だが、少しだけ中国語でも話すことができた。短い文章で単語さえ知っていれば話すことはできるのだけれど、いかんせん言っていることがまだ聞き取れない。少ししか話せなくても中国語を話すと喜んでくれた。「あなたの中国語はなかなかいいですよ。前回よりも上達しています」実は前にタクシーの運ちゃんも褒めてくれ、また毎週話している中国女子にも一応は通じている。これは北出身の中国語の先生が、毎回口を酸っぱくして発音を何度も何度も正してくれたおかげだと思われる。

(お手拭きにお互いの言語を書いてコミュニケーションを取ったり)

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「ぜひ日本に来てください。私が色んな所に案内します!」「大阪にいるシンガポール人もいつも来い来いといってくれます。いつか行きますとは行っていたけれど、あなたもそこにいるなら行きましょう」もしTeoさんや他のみんなが日本に来てくれると、本当に嬉しい!

(記念撮影)

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その後、私が前にTeoさんが連れて行ってくれた店でボボチャチャを食べられなくなったと話すと、その店の横にボボチャチャがないか見に行こうと言ってくれた。そしてあった!

こちら温かいボボチャチャ。

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こちら冷たいボボチャチャ。

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おいしいのだけれど、やはりDessert Hutで食べたものがダントツでおいしかった。ココナッツミルクの濃さ、粘土、温度、スイートポテトやタロイモの硬さや甘さ、タピオカの量など全てがパーフェクトだった。帰りはいつも通りMRTまで見送ってくれる。そして私はお礼を言う。「本当に色々とどうもありがとうございました。Teoさんに会えないと寂しくなります。Teoさんが私のシンガポール生活をハッピーなものにしてくれました。また日本かシンガポールかでお会いできるのを楽しみにしています。メールします!」Teoさんは『分かっているから、もうそれ以上何も言わなくてもいいよ』という感じで口数少なく温かく聞いてくれていた。最後に我々はハグをして別れ、私はエスカレーターに乗ってTeoさんが見えなくなるまで手を振った。Teoさんはシンガポールで出会った人の中でも特別な存在だった。いつも温かく迎えてくれ、なんというか心の拠り所だった。なぜだか分からないが、Teoさんとの別れを思うといつも涙がこぼれた。みな同じように別れるのは悲しいはずなのに。多分他の人よりも、私の心の奥の深いところにTeoさんがいるのだと思う。

この足で通っていた中国語学校にテキストを買いに行く。「好久不见!」一カ月ぶりに中国語の先生と再会し握手をする。なんか柄にもなく優しい感じの笑顔で今日は迎えてくれるじゃないか。それに握手するなんて珍しいな。最後のレッスンの時でもしなかったのに。「日本に帰ったと思ってたよ」「帰って家を探してまた戻ってきて、次に帰るんです」「あーそー」SGD65を払い、Audioと解答は別途WhatsAppで送ってもらう。「この本はElementary Level全部のレッスンが入ってるから。次の”3”からがIntermidiate levelで、”3”を勉強し終えるとHSK 4級が受けられる」HSK 4級というのは、中国人とある程度流暢に話すことができるとされているレベル。「前に受けたHSK 3級の結果が、今週金曜日に分かると思います」「おぉ、ぜひ結果を教えてよ」話も早々に、彼は上の階に私は下の階に行くエレベーターに乗る。先に上の階へ行くエレベーターが来て、彼はさっさと乗り込んだ。「じゃあな!元気で」「再见!」短い挨拶を交わし、また握手をして別れた。あっさりした別れ(笑)きっと生徒が来ては去って行くことに、すごく慣れているんだろうな。彼のそういうあっさりしたところも好きだった。HSK 3級を受けた一年後(2019年3月)にHSK 4級に合格しますね。そしてあなたと流暢に話してみせます!

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MRTに乗りながらすごく幸せと思った。何人もこうして別れを惜しむ人がいて、最後に直接会ってたくさん話すこともできて。日本を出た時よりも、シンガポールを出る時の方がたくさんの人と別れを惜しんでいる気がする。日本に帰っても絶対にみんなとの親交を滞らせない。頼んだぞ!日本に帰った後の私!