シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

Your next stepのキャッチアップは終わらない

2016年11月のMeetup「Your next step」でお互い出会ってから、今日も我々はいつも通りいつものお決まりのカフェでキャッチアップをする。これがシンガポールでFace to faceで話すのが最後ということを除いては。

「お久しぶりです~元気でしたか?」「元気だけど、そっちは大丈夫なの?」日本から帰ってから体調が悪くなったことを伝えていたので、その話題から入った。きっと本帰国を前にした色んな不安から不調が出たんだと思うと話すと「分かる。実は僕もベトナムからシンガポールに引っ越したんだ、最近」「え?!そうなの?!」彼の奥さんはベトナム人で一家はホーチミンに住み、彼はベトナムとシンガポールを行き来していた。「僕もシンガポールに戻ってから逆カルチャーショックみたいなものを感じているし、色んな環境の変化で始めは体調が悪くなった」「あなたはじゃあ、私がこれから日本に帰って体験することを既に体験されてるんですね。大変だったろうと思いますしこんなことを言うのはなんですが、同じ大変さを分かち合える相手が一人いて嬉しいです!」と言うと苦笑いされた。でもこれは本当に私にとっては心強かった。異国へ引っ越すことも住み慣れた異国から自分の国に戻ることの大変さも、経験した人でないと分からない。同じ経験をしている人とその大変さを分かち合うのは、新しい生活を始める上で大変重要なプロセスなのだ。

その後も我々はいつも通り色んな話をし、とりわけ以下の話題が興味深かった。

①言語とアイデンティティの関係

彼のお子さんはシンガポール人とベトナム人のハーフ。「子供さんは英語とベトナム語と中国語を話すんですか?」「いや、英語とベトナム語だけだよ。英語の方が今は流暢だね。でも将来ベトナムで暮らすかもしれないし、ベトナム語を話せないとね」「そうですか。私の中国語のクラスにシンガポール人と結婚して子供を産んだベトナム人がいたんですが、彼女の子供はベトナム語は話せないと言っていました。英語と中国語を話すみたいです」「それだとアイデンティティを失うだろ?もし君がアメリカで生まれて英語を流暢に話したとしても、アメリカ人は君のことを日本人として見る。そして君はやはり日本で住みたいと思っても、日本語ができないと日本社会でやっていけない」なるほど。私は日本語を教えている中華系アメリカ人の生徒さん(彼は日本人のクオーター)を思い出した。確かに彼はアメリカの文化で育てられているけれど、アメリカの文化があまり好きではないと言っていた。中国でも暮らしていたが本土ではなかったし中国の本当の文化を知らないと言い、また中国人のようには中国語を話せないと言っていた。そして今は日本の文化や言語に興味を持ち、将来暮らしてみたいと言っている。彼もまたどこかで自分のアイデンティティを探しているのかもしれない。ちなみにこの中華系シンガポール人の彼は、自分のアイデンティティは元をたどればやはり中国と認識している。この辺の話は純粋な日本人の私にとっては大変複雑である。

②使う言語の種類と相手との距離の関係

まだ私が中国語を勉強しているという話から(まずい、最近は勉強していない)、使う言語によって相手との距離の縮まり方が違ってくるという話になった。彼は自分と同じ方言の中国語を話す相手をより近く感じるらしく、英語はビジネスや関係性の少し遠い相手に使うフォーマルなコミュニケーション手段として位置付けている。私の場合は逆で、日本語を使うと相手と距離ができすぐに仲良くなるのが難しい。これは言語の背景にある文化上、親しくない人には丁寧な日本語を使うことや他人の個人領域にいきなり入り込まない、思っていることをストレートに言わないといったことが自然と働くからだと思われる。英語を使うと西欧の文化上、物をある程度ストレートに言え個人領域に早い段階で入っても特に失礼にもならず、話せる話題が広くなるのだと思われる。

③使う言語と話す内容の深さの関係

彼が「日本語で日本人と話しても、このように英語で話すのと同じように何かを深く話すことができますか」と良い質問をしてきた。「話す相手にもよると思いますが、そういうことができる相手を見つけるのがなかなか難しいような気がします。もしくは日本では何かを日常的に議論する習慣がないか、自分の意見をそんなに持っていないのか・・・」協調性をつける訓練は受けていても、相手に自分の意見をぶつける訓練を日本ではあまり受けていない気がする。私は外国人と話すと、自分の英語力の問題で表現は限られるが、話す内容の深さだけで言えば日本人と話すよりも外国人と話している方が相対的に何かを深く話している気がした(親しさが同じだとしても)。それがなぜなのかはうまく説明できない。ストレートに物を言えるからか、個人領域にずかずか入って行けるからか、みなそれぞれ自分の意見を持っておりそれを主張し合えるからか・・・。そうそう物を深く話せる相手と巡り合えること自体も稀だとは思うけれど(途中で場所を変えて、デザートを食べる。そしてまだ喋る)

f:id:Nisshi:20180411175308j:plain「君が来月どこで何をしているのかまだ分からないように、僕も数か月先のことは分からないんだよ」と彼が言い、お互いしばらく似たような状況にあることが分かった。数か月家族の様子を見て、シンガポールに定住するかどうかを決めるらしい。今思えば我々はいつも似たような状況だった。お互い異国に住み、どこの組織にも属さずに自分で身につけた何かの専門性で金をいくらか稼ぎ(彼はIT技術を売り、私は言葉を取り扱った)、外国人に囲まれて生活していた。2人とも何かを誰かと話すことに飢えていたのだと思う。最後に彼に質問してみた。「What is your next step?(あなたの次のステップは何ですか)」「プログラミングのフルタイムの仕事を見つけて、何か新しいものを作ることかな」

(確かに「ン」と「ソ」は似ていますよね。おしい)

f:id:Nisshi:20180411175312j:plain

13時半に待ち合わせて、気づいたら16時半になっていた。「日本に帰っても、たまにWhatsAppか何かで話せますか?あなたは先に私が体験する色んなことを乗り越えていますから、アドバイスください」「話したい時にいつでもメッセージくれたらいいよ。またシンガポールに来てください」「はい。あなたもぜひ家族みんなで日本に来てください。私がガイドをしますよ」色々言いたいお礼はあったけれど何だかかしこまってそんなことを言う気にもならず、握手だけして普通にいつも通り別れた。

彼もまた中華系アメリカ人の日本語の生徒さんと同様に、一方的に何かを決めつけて話したりせず、色んな違いがあることを受け入れた考え方の持ち主だった。お互いの意見をぶつけ合うこともできたし、年上ということもあり個人的な領域の話を節度を守って紳士的にできる貴重な存在でもあった。

いつも楽しいディスカッションをどうもありがとうございました。とりあえず一カ月後くらいにどこで何をしているかをまた話しますね。お互い歳を取りながら、これからも末永くキャッチアップを続けられればと思います^^