シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

変わらないのはJimさんだけ

久々にチャイナタウンの中医学クリニックへ行く。「こんにちはー。先週日本にいました」「こんにちは、そうでしたか。先週見なかったので、いかがなさったのかと思っていました」いつも通り脈診と舌診を受け、血圧を測る。「血圧はいいですが、睡眠の質がよくありません。それが色んな不調の原因です」とのことで、腰痛よりも睡眠に効くツボに鍼を打ってもらうことにした。きちんと寝れないと寝返りを打てずに、腰痛を引き起こしやすい。帰り際に旦那はまだ日本にいると話した。「出張ですか?家族に会いにですか?」「あるいは両方かもしれません。実は今月末で日本に帰るんです。なので家を探しに行っていたんです」「もう戻ってこないんですか?それはそれは・・・」I miss you・・・と寂しそうに言われた。私もです。でもまだ時間があるので、また来ますね。私は日本に戻ってシリアスな病気じゃなくても調子がこのように悪い未病の時は、一体どこに行けばいいのだろう。シンガポールではこうして中医学クリニックに来れたし、ドクターは政府の認定をきちんと受けているので安心だけれど、日本に中医学医師がいるのか、またそれが本物か否かを見分けることもできない。

(いつにも増して暑いチャイナタウン)

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ボボチャチャを食べるか迷った末に、いつものお気に入りのマカオ料理を食べに行くことにした。「あの豆腐のやつと、ご飯ください」そしていつも通り向かいの飲み物やで豆乳を買う。「いえ、冷たいやつではなくて常温の物をください」中華系シンガポール人があまり冷たいものを飲んだり食べたりしないので、いつしか自分も冷たいものをあまり取らなくなった。テーブルに料理が運ばれてきたのでお金を払おうとしたら、なぜかおばちゃんに先にお釣りを渡された。「???私、もう払いました?」「全部で8.5ドルです。10ドルもらったから、そのお釣りよ」と言われたけど、全く払った覚えがないのは私が疲れすぎているからか、注文を取ったお兄さんの勘違いなのか・・・。食べ終わっていつも通り皿を自分で返却場所のように持って行こうとしたら、中国語で置いておいたらいいから!と店の2人に止められた。「あんた、日本人か?」「はい、そうです。谢谢,再见」

(この一番左上の魚を次は食べたい!)

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MRTの手前にある掛け軸屋に目が留まり、ちょっと入ってみる。中国語の先生のWhatsAppの自己紹介みたいなところに「凡人皆需敬畏,凡人皆需谦卑」と書かれていて、推測するに「人はみな誰か尊敬する人が必要であり、謙虚である必要がある」といったところか。素敵なモットーだなと思った。中医学クリニックにも中国語の教訓みたいな掛け軸が飾っており、私も最後に何か好きな言葉を買っていこうと思っていた。

漢字から大体の意味を推測できるが、ちょっとこれらは分からない。店の人に聞いてみる。「すみません、あの一番左のやつはどういう意味ですか」お姉さんが「〇〇先生!」と言って、これを書いたと思われる先生を呼んできた。「私は日本人です。漢字は読めますが、この文章の意味が分かりません。どういう意味ですか?」と聞くと「私は中国人ですが、意味なんか知りません」と言われた!「え?!なんですって?」そして龍=ドラゴンという意味だということだけ説明された。(そんなことは知ってます!!)まさか意味も分からずに売っているとは・・・西欧人に同じ質問をされないのだろうか。もしくは本当に意味なんてないのだろうか。結構みんな適当に生きてるんだということを知った。そしてここで掛け軸を最後に買うことに決めた。

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家に帰り二週間後ぶりにJimさんと英会話をする。日本で感じた逆カルチャーショックやこれからどうするかなどを説明しようとしたら、なんとスッと英語が出てこないではないか・・・。中国語検定に向けてここ最近中国語ばかりやっていたからか、日本で日本語しか使わなかったからか、疲れているからか分からないが、たった二週間話さないだけでこんなに流暢さが損なわれるなんて先が思いやられる。多分中国語はもっとひどいことになっていることだろう・・・。

Jimさんが言う。「その逆カルチャーショックを感じるのは、自然なことだと思います。始めは戸惑いますが、元々いた国ですからみな数か月で適用していくみたいですよ。あなたも大丈夫ですよ」とのことで、なぜかほっとした。目まぐるしく環境が変わっていく中で、Jimさんだけが変わらない存在だった。自分の状況をよく知ってくれていて継続的に近況を話せる相手というのは、言語を越えて大切だと改めて思った。一方、英語や中国語がうまく話せなくなってしまい、そういう人と深く物を話すことができなくなるのはとても悲しいことだとも感じた。最大限の努力はするつもりだが、シンガポールと日本では環境が違うのである程度できなくなっていったとしても、受け入れていくしかないのだろうけど・・・。

そして私の日本語のレッスンを週二回受けている生徒さんのことを想った。彼も英語しか使わない環境で、なんとか日本語を維持するためにこうして頑張っているのだと。