シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

出会いによる世界観の変化

腰がやられた・・・。今回の日本への一時帰国は、行きは中国を帰りはベトナムを経由してシンガポールへ戻ったためフライト時間が長く、前にバッティングセンターで痛めた腰痛が再発してしまった。また中医学クリニックで鍼を打ってもらうか・・・。

(刺された時は結構痛い・・・)

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シンガポールへ戻り全てがいつも通りになる。タクシーで流れる中国語のラジオと粗い運転、78%の湿度(日本は39%だった)、夕方に降るスコール、部屋の窓から見える高層ビル。中国で買った龍井茶を飲みながら、全てにほっとした。もう一つほっとするのは、週二回日本語を教えている中華系アメリカ人と話す時間だった。「こんばんは~あれ?風邪ですか?」「いえ、花から出ている粉のせいです」「それを花粉といいます」彼の住んでいる場所は日本のようにお花も咲き乱れないのに、花粉でこの時期は大変だそう。

日本へ帰り友人と話していて、気づいたことがあった。それはお互いの環境の変化のせいか、私は二人が持つ世界観みたいなものにちょっとした”づれ”を感じた。そしてその”づれ”を認識する基準の一つが、知らず知らずのうちにこの中華系アメリカ人の生徒さんとの会話になっていた。我々はお互い物事を大きな視点から広く、また何事からも一歩引いて客観的に物を述べることが多かった。お互いの居住国がシンガポールとアメリカというのもあるし、私は日本人であり彼は人生の半分づつをアメリカと中国で過ごしていることもあって、何かの話題についてアメリカはどうですか?とかシンガポールはどうとか、それに比べて日本はこうで中国はこうですね。など国レベルで話すことが多々ある。また個々の国々でもちろん違いはあれど、大きくは西欧  vs アジア文化のようにくくって話すことも少なくなかった。2人とも自国の国民性を客観的に見て、相対論として説明できることもおもしろかった。彼はアメリカ人や中国人の特性を自分とは関係のない人のようにいつも話し、私はシンガポールに住んで自分が接してきた外国人と比較した場合の日本人の特性を客観的に話した。

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私に影響を与えた彼の持つ世界観の一つに、何かを決めつけることなく物事をフラットに見るというのがあった。例えば、日本ではビルやマンションなどが立ち並び、昔ほど子供が外で遊ぶことができなくなったという記事があったとする。私だったら「かわいそうに・・・子供は外で走り回って遊べないと!」と思ったが、彼は「人によります。家の中でゲームで遊べば、コンピュータなどの知識が学べます」というようなことを言った。なるほど、そういう考え方があったのかと新鮮だった。日本人が他人の話に同調することが多いのに対し、彼はよく”人によります”とか”文化が違います”などと自分の意見をストレートに言い、またその視点も多面的で色んな物事の違いを受け入れた考え方だった。そしてそれは私が持っていない物の見方だった。

なので、どうも知りもしないのに何かを始めから決めつけて話したり、あまりにも小さな視点でしか物事を捉えられない会話になると、違和感を感じるようになってしまった。きっとこの中華系アメリカ人の彼は、私とレッスンを始めた当初はこういう風に感じていたんだろうなと思う。それでもその後一年も続いたということは、私も少しは考え方が柔軟になったということか。よく知りもしない異国人同士で、且つ限られた日本語だけで週二~三回もフリーコンバセーションをし続けるのは結構難しかったが、もしかしたら話題の広さや特定の分野だけの会話で言ったら、日本人の友達よりも深く話したかもしれない。

今日の会話の締めくくりとして私は「文化の違いを受け入れてお互い歩み寄れば、理解し合えると思う」と言うと「そういう考え方は偉いです」と26歳の彼に褒められた(私は35歳)「ありがとうございます。でも年上の人に日本語で”偉いです”を使わない方がいいです。(前に年下が年上をそのような単語で褒めると、上から目線で失礼にあたると教えた。素晴らしいとか勉強になるを使った方がいい)」「あ!そういう意味じゃなくて・・・」「知っていますよ(笑)」ではまた木曜日に!と言って会話を終えた。私は彼に最後のレッスンの日に、こうフィードバックしようと思っている。「日本語を上手に話せるようになることも大事ですが、あなたが持っている物事を決めつけずに多面的に見られる能力はもっと重要だと私は思います。そういう能力は誰でも身につけられる訳ではありませんから、大切にしてください」と。