シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポール在住中に出会えた人との別れは順番に

まだ一カ月はシンガポールにいるものの、シンガポールで出会った人との別れの時間が順番にやって来る。

まず中国語の先生だった。去年7月から毎週通っていた中国語クラスは今週月曜日が最後だった。最後に質問はあるか?と聞かれたので、質問の代わりに中国語を学んだ感想を述べる。「今天是我的最后一次中文课。我学中文八个月了。中文和日文有很多相似,这很有意思。我回日本之后会继续学中文。(今日が最後の授業です。中国語を八カ月勉強しました。中国語と日本語は類似性が多く面白いです。日本に帰った後も、中国語の勉強を続けます)」これを言っている最中も発音や使う単語を直されたが(笑)、下手でもいいから彼に教えてもらった中国語で、自分の思いを直接伝えることに意義があった。今後もたまにこの先生と話したいので、オンラインサービスについて聞こうと思ったら「あんたは俺に日本語を教えてくれたらいいから。日曜とかに話せるよう調整しよう」とのことで、個人の連絡先を教えてくれた。はっきりは言わなくても、今後はビジネスとしての先生と生徒ではなく一個人として交流を続けようというお互いの意図が合致して嬉しかった。一方でこれは私にとっては結構悩ましく、どこまでその言葉に甘えていいのか分からない。しかしシャンシャンとの言語交換から『中国人に日本人同士のような遠慮は無用』ということを学んだので、お言葉に甘えてたまに連絡をして中国語で近況を話させてもらうことにした。

 (超ダイレクトな英語を話す先生、いつも面白い授業をありがとね!)

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 次は自分のオンラインの日本語の生徒だった。もう二人しか残っていなかったが、二人とも一年近く毎週レッスンをしてきた長い生徒さんで、来月の末でレッスンが終わりになることを伝えるのがとても辛い。日本へ帰国後も続けることはできたが日本からシンガポールへ引っ越した時にしたように、シンガポール生活はシンガポールで終えて日本の新しい生活に持ち越さない方がいいと思い、スッキリ辞めてしまうことにした。実際帰国後に私はどこに住んで何の仕事をするのかが、現時点では全く分からない。私は本帰国すること、来月末でレッスンを終わらなければならなくなること、Tutorではなくなるがもし日本語を話したいと思ったら気軽に連絡してください。というようなことを説明した。一人は寂しそうな顔をして「OK・・・」を繰り返した。もう一人は幸いビデオ機能が今日は壊れていて、顔を見ずに済んだが「それは悲しいですね・・・そうですか・・・分かりました」を繰り返した。声の調子から何か唐突すぎて受け入れられない感が漂っていた。『ごめんね・・・いい先生が見つかりますように。そして彼らとも一個人として交流が続きますように』

 (一人の生徒さんとは去年京都でレッスンをし、古民家カフェでランチをした。また日本で会えるのを楽しみにしていますね)

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そして親交のあるシンガポール人に連絡を取り、本帰国までに会える日を調整していく。「なんでおうちに招いてくれないの?と思っていた」と言っていた彼女は今週末うちに招くことにした(笑)。簡単な居酒屋メニューと、飲みやすい微炭酸の日本酒や日本のビールなどを準備して。みな一様に「残りのシンガポール生活を楽しんで」と言ってくれた。はい、そうします。ボボチャチャとバクテーを日本でも食べたいので、シンガポールにいるうちに自分で作れるようになっておきますね。

 (スーパーにはバクテーの素もあるし)

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私が充実したシンガポール生活を送ることができたのは、この出会えた人達のおかげだった。彼らが私の知らないシンガポールを教えてくれたり、色んなことをお話しして文化や価値観の違いを学んだり、時にはそれに戸惑いながらもお互いを受け入れて交流をすることで異国でも楽しく過ごすことができた。私が書いているシンガポールに関する場所や体験の殆どが彼らから教えてもらったものであり、中国語を学び始めたのも日本語を教えている中華系の生徒からの影響だった。

きっと日本にいたら出会うことがなかった方々・・・。何かの縁あって出会えたことに感謝し、今後も末永く付き合いが続くよう繋がりを保ち続けたいなと思う。

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※中国語検定まで、あと三日!!