シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポールから本帰国が決まった時の気持ち

ついにシンガポールを離れ、日本への本帰国が確定した。戻る場所が意図していない場所だったので別の問題は出てきたが、シンガポールを去ることの寂しさとどこかホッとした・・・。この「シンガポールから本帰国が決まった時の気持ち」は、去年の今頃自分でインターネットで検索したものだった。シンガポール生活の終わりが来る時に人はどんな気持ちになるのかを事前に知りたかった。自分のシンガポール生活の終わりが来た時に、後悔しないように。そして今まさに自分のシンガポール生活の終わりが確定し、どのような気持ちなのかを記念にここに残すことにした。

まず終わるという実感がまだない。しかし中医学クリニックへ行くために、家を出た時『あぁ、一か月か二か月後にはもうここを出るのだ・・・』と急に思った。駅に向かう途中になぜか道端でOtak-Otakを焼いているおばちゃん(屋台などではなく、勝手に個人で焼いてそう)や、上半身裸のおじちゃんに「???」と相変わらずなりながら、チャイナタウンに向かった。

中医学クリニックの先生に診てもらい、その後いつもチャイナタウンへ来たら行くデザート屋に甘いものを食べに行くことにした。「你要什么?(何にしますか)」「我要这个(これください)」かき氷を食べながら、手相占い師のTeoさんがここにボボチャチャを食べに連れてきてくれた時のことを思い出す。もしTeoさんが私をここに連れてきてくれなかったら、きっと私はここには来なかった。そしてボボチャチャという食べ物を知り得なかったかもしれない。それにあの中医学クリニックもTeoさんの紹介で、チャイナタウンで私がウロウロするほとんどの場所はTeoさんとの思い出で溢れていた。

(今日はボボチャチャではなく、ミロのかき氷)

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そんなことを思い出していると、チャイナタウンのMRTへ向かう途中、急にここを去ることの寂しさで涙が出てきてしまった。あんなに始めは嫌いだったシンガポールが、今は去るのがとても悲しいと感じる。それはシンガポールのそこかしこに、出会った色んな人との思い出がたくさん詰まっているから・・・。こないだまではシンガポールにいるうちに、また北インドやネパール、中国の雲南省などに行きたいなぁどと言っていたが、そんなことはどうでもよくなってしまった。

シンガポールで出会って私に良くしてくれた人達に、どうやってそのお返しをすればいいのかとか、もう気軽に今のように会えなくなってしまうのでそれまでに色んな人にもう一度会おうとか、そういったことしか頭に浮かばなかった。そして今オンラインで教えている日本語の生徒さんに、可能な限りきちんと最後まで教え続けること。つまり今送っている普通のシンガポール生活を、ただただ大切に毎日すごしたい。本帰国が決まった今思うのは、それだけだった・・・。これは日本を出てシンガポールに来た時に、それまで日本で送っていた普通の生活がどれだけありがたいことかを知った時の真逆の現象ともいえる。今は自分が日本に帰国した後に、シンガポールの生活がどれだけ素敵な生活だったのかを知ることになるので、最後にじっくり味わっておきたい。そしてシンガポール生活の振り返りと、本帰国後の自分へのアドバイスを早めに終わらせた方がいい。でないと、帰国後のことばかりが頭に浮かんで手に付かなくなってしまう。

旦那のシンガポール行きの内辞が出た3年前の自分にもし言えるとしたら、こう言ってあげたい。「始めは色々と不安だろうけど、大丈夫!最後はシンガポールから去るのが悲しくなるくらい、人との出会いに恵まれて、楽しく充実した生活をあなたは送っているのだから」と。

(帰りにまだ道で勝手にOtak-Otakをおばちゃんが焼いていたので、買ってしまった)

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(4個でSGD3だった。「なんでここで焼いてんの?」と聞いたが無視された。”3ドル”と”テレマカシ(ありがとう)”しか言ってくれなかった。おいおい、しかもこれはお腹を壊さないだろうな・・・。あとで自分でフライパンでもう一回焼くか。)

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