シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

シンガポール生活に疲れた時

なんだか急に今まで普通にしてきた色々なことに疲れてしまった。シンガポール中を散策することも、日本語を教えることも、記事を書くことも・・・。どこか自然の多い静かな場所で何も考えることなく、ただご飯を食べ、家事炊事をし、新鮮な空気を吸い、眠るというシンプルな生活を送りたい・・・。

 (この田んぼの中に佇むラオスの簡素な宿のような所で)

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『自分の中で何が起こっているのだろう』何がきっかけでこうなったのか分からないが、それはもうシンガポール生活に終わりが見えてきており、これ以上自分のシンガポール生活を充実させるために頑張る必要がないからかもしれないし、色んなことにチャレンジしすぎて蓄積された疲労が自分をついに無気力にしているのかもしれない。シンガポールに定住しているとはいえ、じっとしていられないタイプの私はこの二年半くらいシンガポール(およびその周辺国)を旅するように暮らしてきた。そこかしこに行っては新しい物や人に出会い、話をし、何かに驚いたり感動する。それは生活が充実しているような気になることもあるし、中身がなくて疲れることもあった。f:id:Nisshi:20180221200323j:plain

珍しく『もうこれ以上がんばらなくてもいい』と思った。いい意味で何もかもどうでもよくなってしまった。今までは何かしていないと、自分の存在価値がないような気がしていた。自分が人に何かを提供し、誰かに自分が求められることで自分の存在価値を証明しようとしてきたが、自分の外に自分の価値を認めてもらうことを続けている限り、不安定でしょうがない。オーラソーマのプラクティショナーが言っていた。「自分で自分を認めないと」「どうやったら認められますか?」「自分が今までしてきたことを振り返ってみて。努力して色んなことを成し遂げてきたでしょう?」確かにそうかもしれない。日本への本帰国が確定した時点でシンガポールでの一連の出来事を振り返り、色んな事が起こった時に自分がどう感じ、どう乗り越えてきたかなどをまとめる予定だけれど、今ざっと思い起こしただけでもベンチャー企業の立上げから始まり、不眠、適応障害、三カ月間の一人旅、写真の学校、シンガポール人や外国人との積極的な交流、日本語教師、ライター、中国語の勉強などが浮かんだ。色々な人に助けてもらいながら、色んなことを成し遂げた。濃い二年半だった。

(中国語を習い始めて三カ月で、中国・杭州へ龍井茶を飲みに行ったり)

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「いつもそんなに頑張らんでええねん」と10年来の飲み友に言われた。しかし日本にいた頃の生活と比べると、シンガポールの生活は私にとっては非常にスローだった。それを日本の生活と同じように忙しくするために、きっと無理をして頑張っていたのだと思う。そしてその無理に気づかずにたまにプツッと何かが切れた。

日々のシンガポール生活が暇でスローだったとしても(もちろん忙し過ぎる時も)、もし少しでも「なんかもう疲れた・・・」と思ったら、どうか罪悪感なく休んでほしいと思う。そして自分の頑張りを自分で認めてほしいと思う。どうも我々日本人は忙しくしていないと、気が済まない民族らしい。でも異国でただ暮らすというだけで、結構疲れるものだから・・・。

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