シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

不自由であることによる幸せがあることを学ぶ

 

今日、約一年近くオンラインで日本語を教えてきた個人レッスンの生徒が、何の連絡もなく突然消えた。当日のレッスンもすっぽかして。そして私は“不自由であることによる幸せ”というものがあることを学んだ。

 

生徒さんが突然連絡もなく消えることはたまにあることだった。忙しくて続けられないとか、何かひとこと連絡をもらえればありがたいのだけれど、人の生活や人生にも色々あり、日本語を学ぶよりも重要なことができただけのことと受け流していた。しかしその度に何だか自分はそのように軽く扱われるに値する、どうでもいい存在なのかなと思ってしまった。そして今回もまたそう思わざるを得なかった。日本で将来働きたいからと毎週2-3回レッスンをして先週の金曜日まで普通に話し、また来週といってSkypeを切った。まさかそれが最後だったとは。シンガポールを去るまで、生徒が必要なくなるまで日本語を教え続けようと思っていたが、あまりにも唐突にプツッと終わりが来たことを受け入れるのが難しかった。

 

学校での授業も終わり一年近くも教えていた生徒が突然消えて、なんだか心にぽっかり穴があいてしまった。そして自分で今のような生活を選んだことや恵まれていることを承知の上でこう思った。『自由すぎてもう疲れた・・・』毎日どこでどう過ごすかも、日本語を誰にどのように教えるのかも、何もかも自由。自分で自分の限られたシンガポール生活を充実したものにしようと、色んな事に挑戦し走り続けてきたが今回の一件でもう疲れてしまった。日本に帰ったら組織に属して、毎日決まった場所へ行き、誰かと一緒に働き、与えられた自分の役割に身を投じたい。今のように自由を埋めるために頭を使わずに、何かに身を任せたい・・・。

 

英会話のJimさんに今回のことを話した。「人はたまにおかしなことをしでかします。あまりシリアスに捉えすぎないことです。他人が必ずしも自分と同じように動くとは限りません。私はその生徒の振る舞いは間違っていると思いますが、彼にその間違ったようにさせておきなさい。彼の選択です。」「私は生徒の立場になり親身に教えてきたつもりでしたが、今回のようなことがあるともっとビジネスライクな姿勢に変えた方がいいのかとか、色々考えさせられます」「一人や二人の変わった生徒のために、今のあなたの教えるスタイルを変える必要はありませんよ。それ以外の生徒は感謝していますから」「そうですね。今日はビールでも飲みながらおいしいものを食べて、あまり気にしないように努めます。英語だけではなく、教えることの心構えのようなものまでアドバイス頂いてありがとうございました」私は生徒がこのように突然消える度に『所詮自分はただの語学のTutorだからな・・・』と思っていたが、今日はJimさんをただの英語のTutorとは思わなかった。ずっと去年の6月から色々なことを話し続けて、私のことをよく分かってくれている一人の人として話を親身に聞きアドバイスしてくれたことに大変感謝した。