シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポールで次の新しい扉を開く

学校での日本語教師業は、残すところ成績処理と赤点を出した生徒さんへの追試の対応のみとなり、時間ができたので次の新しい扉を開いてみることにした。シンガポールで新しい扉を開きまくってきたが(開いてすぐに閉じたものもある)、次は心理カウンセラーにすることにした。これを選んだのにはいくつか理由がある。

まずは自分がシンガポールに来てから感じたことや、自分に起こった色々な出来事を通して人間がどんな生き物なのかに興味が沸き、それを心理学の観点から理解したいと思ったことだった。例えば日本でいた頃は、自分から他人に関わろうとあまりしなかったが、それでも寂しいと感じることは特になかったように思う。たくさん友達がいる訳でもなく、ごく限られた数の何でも話せる友達とたまに飲むくらいだった。が、シンガポールに引っ越した時は、定期的に話をしたり酒を飲んだりできる友達が誰もいないことを寂しいと感じて、珍しく交友関係を自ら広めた。(ここで人間は誰かと関わりたい社交的な生き物と知る)そして仕事に就くまでは、自分が誰の何の役にも立っていないと感じて悲しくなった。別に日本で誰かの役に立ちたいと思って働いていたわけでもないくせに。(ここで人間は自分の存在意義を感じたり、他人に認めてもらうことが必要な生き物と知る)旅先で色々な人が無条件に自分によくしてくれたことで、自分のことばかり考えるのは止めて人の役に立ちたいと思うようになったが、日本でも色んな人が良くしてくれていたはずなのになぜシンガポールでそのように思ったのか。日本にいた頃の自分は何者で、なぜシンガポールで今のように変わったのか・・・など興味が尽きない。それに”どういう時にどういう心理が働いて、思考や行動がこうなる。”といったことを理論として知っていれば、何かとウニウニ考える癖のある自分にもうまく対処できるのではないかと期待する・・・

(これは約2か月で終了できて、JAPD主催のメンタル心理カウンセラーの資格を受験することができる。手軽)

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もう一つは、自分が異国生活で苦労した経験を活かして、次は日本に住む外国人に対して何か役に立てないかなと思ったことだった。日本語を教えている生徒さんの中には将来日本で働きたいという人もおり、こういう人達が(もしくは既に住んでいる外国人も)日本に住むことになったら何が起こるかがだいたい分かる。言葉の問題で意思疎通が難しくてもどかしかったり、異国生活の大変さを共感してくれる人がいなくて孤独を感じたり、頑張りすぎて疲れたり、またその頑張りを誰も認めてくれないと落ち込んだり、言語ができても文化の違いから「???」となったり、自分の国が恋しくなったり・・・。現時点でどういう形で役に立てるのかは分からないが、自分の経験以外の体系的な知識や理論を知っているのも悪くない気がした。

みな悩みながら自分でやっていくんだろうけど、仕事を得たいとか不眠を治したいとかいう具体的な目的がなくても、気軽に立ち寄って話ができて、そこへ行けばいつでも温かく迎えてもらえるというような場所があったらいいなと思う。日本で言う近所の行きつけの飲み屋みたいな。