シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

シンガポール人と2時間半話し込んで思うこと

定期的に同じカフェで近況を話し合っているJamesから、久々に連絡があった。「久しぶり!今週空いていたらキャッチアップしない?」「今日か、明日か、明後日の午後なら空いていますよ」と言ったら「じゃあ15分後にいつものカフェで」となった。前は確か一時間くらいの猶予があったが、今日は15分て。もっと早く言ってくれ!と思いながらも、15分後にそのカフェに行った。そしてまた我々は二時間半ほど話し込むことになる。

「お久しぶりです~!元気ですか?」から始まり色んな話をする。私の南インドの旅や次のミャンマー旅行の予定、学校で教えている日本語の授業や日本人の自然に対する道徳観とシンガポール人の道徳観、日本で外国人が増えることに対する私個人の考え等・・・。そして何かの拍子に将来私がやってみたいことの一つである茶の商売の話になった。「ネパールやその他新興国でおいしくて品質の良い茶を発掘して、その素晴らしい茶を他の人に紹介して先進国の妥当な値段で買ってもらい、その利益を農家へ還元することで彼らの役に立つということをやってみたいですね。私が色んなアジアの国々を旅した時に現地の人はみな親切に助けてくれましたので、次は自分が何かの役に立ちたい。それに私は茶がすごく好きなんです。自分がもっと茶のことを勉強して、茶のおいしさを他の人にも知ってもらいたいんです」今のところ私がおいしいと思って持ち帰ったスリランカ、インド、中国の茶のよさを知っているのは、自分の旦那だけだ。特に中国の安渓で買ったある鉄観音茶は本当においしかった。これはただカップで茶を飲むだけでなく、私が中国でやったように中国式の茶の飲み方でぜひ本物を味わってもらいたい。

(茶の入れ方で、味が変わりますので)

f:id:Nisshi:20180122182716j:plain

すると彼も何か似たようなことにトライしようとしているらしい。「ベトナムのオーガニックとかハンドメイド商品を先進国で販売して、君が考えているようなコンセプトのことをしたいんだ」彼はいつも新しいことを思いついては披露してくれるのだけれど、私が尋ねるのはいつも『誰の何の問題を解決したいのか』だった。これがぼやっとしているので、何を目指しているのかがいつも分からなかった。そして今回もぼやっとしていた。「オーガニックとかハンドメイド商品に興味のある人が、シンガポールにどれくらいいると思いますか」「わからない」「その商品で顧客のどんな問題を解決できますか」「・・・。」「私がさっき言った茶の商売をするなら、例えばその茶の産地へ私が行った時のことや、その茶の素晴らしさをブログに書いて他の人に知ってもらいますが、あなたはどうやってその商品をネットで宣伝しますか」他にも色んなことを聞きたくなったが、あまり聞きすぎると詰問みたいになってしまうので、この辺で「面白そうですね。しかしチャレンジングそうです。Good luck!」とコメントして締めくくった。毎回彼は最後に苦い顔になるのだけれど、我々はいつも通り「またキャッチアップしよう!」と言って笑顔で別れた。

ちなみに私はブータンのハンドメイド商品が好きです。品質はそんなに良くないが、これを見るとブータンを思い出すことができる。それが私にとってのこの商品の価値。

f:id:Nisshi:20180122192228j:plain

それとネパールで買ったこの四角いお守りも大事なものの一つ。これはネパールに亡命したチベット人が作ったお守りで、効力を発揮するようにとインド・ラダックのチベット寺院でお坊さんにお経をあげてもらったもの。このお守りにはこういった様々な思い出が詰め込まれており、本当の意味で全く同じ価値(=これらの思い出)の商品を二度と買うことはできない。

f:id:Nisshi:20180122192220j:plain家に帰ると、WhatsAppでメッセージが届いていた。『急だったのにも関わらずありがとう!君が日本に帰る前にまたキャッチアップできるといいんだけれど。いつも(”ストレートで辛口の”と言いたいのだと思われる)君の意見が参考になるよ』私はこう返した。『いえいえ、私はいつもあなたとのキャッチアップを楽しんでいます。それにこのように、フレキシブルにあなたとキャッチアップできなくなるくらい多忙になりたくはありません。またキャッチアップできますよ。例え私が日本に帰ったとしても!』実際ネットさえ使えれば、お互いどこにいても今と変わらずに話すことができる。ベトナムでもシンガポールでも日本でも。

今日思ったのは、まず英会話よりも実際にこのように話したい人と話したいことを話す方が、よっぽど勉強になるということ。英会話で話す話題は浅いことが多いし、練習のために無理に話している感がある。私の思う一番いい先生は『この人と色んな話題について話したい』と自然に思える人なのだが、中々そういう人はいない。10年以上英語を学んでいるが、過去に一人か二人くらいしかいなかった。その先生自体が語学の先生というだけではなく、一人の人として魅力的でないとそうは感じられない。次に思ったのは、このように会う度に長い時間話し込めるような人の存在は貴重だということ。日本でもそういう人は、私には二人か三人くらいしかいない。そういう人を大切にしなければ。最後に私のしたい茶の商売は”遠い将来にいつか”と思っていたけれど、どうして近い将来にできないのか?と思った。彼とも話していたが、人生は短いのでやりたいことをやりたいと思った時にやった方がいいかもしれない。

(このインド人みたいに夕日に向かって、手漕ぎボートを漕ぐとか)

f:id:Nisshi:20180122193532j:plain