シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

12/22(金)プールサイドで、いい先生について考える

「あれ、今どこにいますか?」オンラインで教える日本語のクラスも今日が今年最後の授業だった。いつもSkypeで映っている背景が違うので気づいたのだろう。「マレーシアです」今日はアメリカとマレーシア間で日本語のレッスンをする。そしてお互いの今年一年を振り返ることにした。

「今年一番印象的な出来事は何でしたか?」「日本へ行ったことです。忘れられない経験ができました」彼は今年の夏に一カ月弱日本に滞在し、日本語を試したり日本人の旧友に再会したりしていた。そして一時帰国をしていた私とも京都で実際に会った。「先生の印象的な出来事は何ですか?」少し考えて私はこう答えた。「中国へ行ったことですかね。自分の中国語を試したかったり、本物の中国茶を知りたかったのもありましたが、自分の目で中国がどんなのか見たかったんです」「お互い様ですね。あれ?この使い方、合ってますか?」「”お互い様”は迷惑をかけあった時などに使います。今の場合だと”お互い似てますね”とかですかね」あはははと2人で笑いあった。最後に簡単なフィードバックをした。丁寧語がきちんと使えるようになったこと(始めはタメ口に近かった)、尊敬語や謙譲語を聞いても理解できるようになったこと、使役や受身、複合動詞を使いこなせていること、また話せる話題が広がったこと。何より間違ってもいいから、何とかして物を伝えようとするようになったことが一番の進歩だと伝えた。前は自分で正しいと思うことしか話さず、間違いを避けようとしていた。しかしそれでは上達しないので、途中で私は「どんどん話して間違えてください。そしてそれを正します」と言い、彼も安心して間違えるようになったようだった。「ではよいクリスマスとよいお年を!さよなら」お互い手を振り合って、レッスンを終えた。

プールサイドでこの生徒さんとの授業を思い返すことにした。まず椅子に寝転ぶためのバスタオルを借りに行ったら、15時に新しいのがくるまで穴が開いたぼろいやつしかないと申し訳なさそうに言われた。「気にしませんので、それを貸してください」「いえいえ、穴が開いている物をお貸しするわけには行きません」「綺麗なら気にしませんから」「あなたはなんと親切なのでしょう。しかしちょっと待ってください。ましなのがないか探しますから」「(いいから早くそのタオルをよこせ)本当に問題ありませんから!」Very kindと何度も言われながら、やっとタオルをもらえた。

彼は最も授業をするのが難しい生徒のうちの一人だった。ビギナーや日本語検定を受ける生徒さんは、テキストを使ってレッスンをすることができた。しかし彼は中級なのだけれどテキストを使ったり、新聞の記事などを使う授業がどうも面白くなさそうだったため、途中でお互いのことをもっと話せるフリーコンバセーションに変えたが、これがまた難しかった。まず話題を選ぶのが難しい。興味のない話題だと話が続かず、話させることができない。したがって間違いを見つけて正すことができなくなる。次に知っている単語や表現がすごく偏っていたため、自分が使う日本語のレベルによく困った。(”失くす”は分かっても”紛失する”と言うと通じない等)そしてある程度上達してくると、難しい質問を受けることも多くなり、私も全てをきちんと回答できなくなっていった。それでも週三回も仕事終わりに私のレッスンを受け、その上達は目覚ましかった。

(シンガポールでは見ない光景。シンガポールでカラスを見たことがない。一掃されているらしい)

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『私の考えるいい先生って、どんな先生なのだろう』自分が英語と中国語クラスの生徒なので、生徒の視点で考えてみる。まず私の英語の先生であるJimさん。彼はいい先生で、私も5月くらいからずっとレッスンを取り続けているけれど、ご自身で生徒との間にきちんと距離を保っていると言っていた通り、”仕事のためだけに英語を教えています”という雰囲気が感じられた。以前彼が『昔5年くらいプライベートレッスンをした日本人の生徒が、何も言わずに突然去ってしまいちょっと寂しかった』と言っていたけれど、その生徒がそうする理由も何となくわかる気がした。私なら礼儀としてレッスンがこれで最後になることを伝えるが、先生から”仕事のためにやってます感”が感じられると『別に私が去ったって、どうってことないよね。ただの生徒のうちの一人だろうし』と思ってしまう。

それに対して中国語の先生。彼は英語力の問題なのか、文法の説明になるとちょっと理解不能になることが多かった。しかし熱心に発音を正してくれたり、たまに何かを間違えると自分のことを「Stupid(バカ)」と言ったり(笑)、中国へ行く前に役立つ翻訳アプリを教えてくれたり、日本の漢字やアニメ、食の話をしたりと中国語を教える以外でも生徒と交流を図ろうとしているのが感じられた。たまに何かを間違ったとしても人間らしさが感じられて、特にそれをプロフェッショナリティに欠けるなどとは思わなかった。語学を教えるスキル面ではJimさんの方が上だけれど、他にもNative speakerで教えるのがうまい先生がいればその先生に変えることは厭わない。しかしこの中国語の先生は教えるのがたまに下手くそだけれど、日本に帰ってもこの先生からSkypeであっても習いたいと思うし、上達を見て行ってほしいなぁと思う。そして大阪や京都に行ってみたいという彼が、もし日本に来ることがあれば私が中国語で案内したいとも思う。

『先生の心構えは、そのまま生徒に反映されるねんな』。そして自分がこういう先生だったらいいなと思うのは、やはり中国語の先生のような存在だった。(説明が下手くそなのはダメだけれど・・・)言語を学ぶという目的以外にも、先生と話したり関わりたいと思わなけば簡単に取り替えのきく存在になってしまう。ではどうしたらそう思うのかというと、私の場合は①生徒のためを思う先生の熱心さが感じられること、②生徒の頑張りを見ていてくれること、③先生としてのプロフェッショナリティは保ちつつも、お互い一個人としての交流ができることだった。元々異文化交流をしたくてその言語を学んでいるので、先生との交流はまさに異文化交流の1st stepになる。

ここまで考えてFish & Chipsを食べることにした。シンガポールもそうだけれど、衣がなんでイカ天みたいなつるっとしたやつなんだろう。てんぷら粉みたいなやつではなく、パン粉で揚げてほしいんですけど・・・。

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「君たちはどう生きるか」を読み終えて、空が暗くなってきたので部屋に戻ることにした。日中は30℃を越えて日差しが非常に強いが、陽が沈むと27℃くらいになりかなり涼しい。夜はまた向かいのホーカーで二回目のHor funを食べた。ここのHor funは本当においしかった。中華系のおじいちゃんがアイスカチャンはいらんか?と聞きに来たので、Later(後で)と言っているのに通じない。中国語で言いかけて『あれ?後でってなんやったっけ?』となり、結局英語を話すおばあちゃんと話すことになった。多分、我現在不要。我吃飯,我要。だと思われる。書くのは書けるのに、口からはまだスッと出てこない・・。

約束通り、ご飯の後にCendulを買った。

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マレーシアの有名なデザートなのだけれど、この緑の糸コンみたいなものをどう理解したらいいのか分からない。味もないし、かき氷に乗っていること自体が私には奇妙に思われる。このかき氷は塩気のある薄めのミルクと大きめの小豆が乗ったもので、氷は日本のかき氷のように粗目だった。塩気のミルクと糸コンはイマイチだったが、小豆が大きくておいしかった。

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Hor fun、Nasi Kander、Laksa、サテー、Cendulと一通り有名なマレー料理を向かいのホーカーで安く食べつくした。何とかお腹も壊さずに済んだ。さて明日はシンガポールに戻って、来週月曜日からの南インドアーユルベーダの旅の準備をしますか。