シンガポールにいるうちに🌴

2015年8月~2018年4月 大好きな東南アジア生活の記録

    

今年最後の中国語クラスを終えて

今日で今年最後の中国語クラスが終わった。本当はもう一クラス来週にあるのだけれど、私は南インドでアーユルベーダを受けているので今日が最後になる。今年の6月末から始めたテキストも完了し、残すところReviewだけ。来年年初のクラスが今受けているコースの最終レッスンになり、その次はエレメンタリーなんちゃらとかいう本格的に学ぶコースになる。もし日本に帰国することになっても、Skypeでのサービスもあるらしいので安心だ。

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市販されているのか分からないが、この本はとても実用的だった。自己紹介から始まり、数字や日付、時間、趣味の話、買い物、ホテル、道を聞く、電話をするなど、普通の日常会話に使えるものばかりで、中国へ旅行に行った時にも役に立った。

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そしてずっと発音が違う違うと言われ続けてきたenとengの音や、Rの音も何とか自分でコントロールをして正しく出せるようになってきた。先生が言った。「ついに正しく発音できるようになったな!今後もそれを維持できるかは、自分でどれだけ練習するかにかかっている」確かに先生に違うと指摘されて、いつも発音を直してきた。これが違うと言われなくなると、気づかないうちにまた間違った発音に戻ってしまうかもしれない。それにシンガポール人とこの中国人の先生(天津出身なので、北の方)の発音はかなり違うので、北京語はやはり中国本土のそれも北の人から本物を習いたい。

テキストを一冊終えて、ちょっとした達成感があった。結構なスピードで進んでいたのでほとんど忘れてしまっているが、それでも何人も脱落していくのを目にしながら自分は何とか続けられてよかったと思う。それに中国語を習い始めたことで、自分の偏った物の見方がまた一つなくなり、世界が広がった。中国へ行き、中国が思いのほか都会だったこと、私が日本人と分かってもみな親切にしてくれたこと、礼儀やマナーも日本と全く同じではなくともきちんとあることを自分の目で見て来た。一方で日中間のややこしい歴史問題を前に、どのように私は日本人として中国人と付き合っていくべきなのかを考えたりもした。これらは中国語を勉強しなければ、絶対に自らしなかったことだった。

他にも中国語を学ぶ利点はあった。それは他言語を学ぶ生徒の気持ちを理解することができること、人の授業を見れること、そして自分が日本語と類似性のある言語を習得していくのが楽しいことだった。私が日本語を教えている生徒の気持ちを客観的に理解するのに役だったし、中国語の先生の授業を観察してそれを自分がする日本語の授業の参考にできた。そして今はカタコトの私の中国語も、恐らく今まで色んな事がそうなってきたように、次の自分の可能性に何か繋がっていくはず。

中国人である先生と打ち解けていくのも、異文化交流の一環として楽しかった。私が中国に興味を持っているのと同じように向こうも日本に興味を示し、お互いの漢字の意味を紹介し合ったり、中国茶や日本食の話をするのも面白かった。最も記憶に残っているのは、私が中国へ行く前に先生が翻訳アプリを紹介してくれた時のことだった。アプリに向かって先生が中国語で何かを言うと、そこには日本語で「中国へようこそ!」と翻訳されていた。その時なんだか日本人である自分が、中国人に受け入れられたような気がして嬉しかった。国家間で色々あるけれど、一個人としてお互い歩み寄って行けば理解し合えるんじゃないかと思う。

(たまに何を言っているのかよく分からないこともあったけれど)先生、楽しい授業をありがとうございました。来年もよろしくお願いします。