シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポール生活中盤のホームシックを乗り越える

「日本に帰りたい!」とか言っていたら、その数日後に謎の胃痛に襲われ病院送りになってしまった。私の胃腸は日本で暴飲暴食(ケンタッキーのファミリーパックを一気食いするとか)をしていた頃のようには、もう完全に戻らないのだろうか・・・。なんだか寂しい。週末は家にこもって何もしないことにした。そして今回なぜ日本が恋しくなったのか考えてみる。

(これは日本の夕陽)

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まずシンガポール生活にはすっかり適応したと思ってはいたものの、文化や習慣の違いに対するストレスを常に受け続けており、心が壊れやすくなっているのだと思われる。昔のように公共の場でのマナーの悪さなどに憤ったりイライラすることはなくなっても、まだ目が点になることはよくある。例えば日本語を教えているとある学校で、夜のクラスなので授業中に軽食を取るくらいは何も言わないが、チキンライスとか匂いをすごく発するものを食べないようにと言っていたら、ある日具がチキンではない〇〇ライスを普通に食べている生徒がいた。こうした日本人からすると「は??」と思うような文化の違いが少しづつストレスを蓄積させる。そして何かうまくいかないことが続くと、日頃からダメージを受けてもろくなっている心にとどめを刺して、私は日本にいる時よりも爆発しやすい。

(これはタイの夕陽)

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それから日本にいた時のような「はけ口」が今の私にはあまりない・・・。シンガポール人の友達と何時間も楽しく話していてもその言語は英語であり、100%自分の言いたいことを表現できるわけではない。またそれは気心知れた日本の友達と、地元の方言で酒を飲みながらペラペラしゃべるというものにはなり得ない。がんばることを鼓舞してくれる人はたくさんいても、時にかんばりすぎている自分に『もうそれくらいでえぇんちゃうん。ちょっと休みーよ』と言ってくれるような人が側にいないことに気づいた。疲れた時は自分の言語で心行くまで話すことや、頑張りを認めてくれる誰かが必要なのだ。

(これはシンガポールの夕陽)

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これらに加えて、きっと生活に新鮮さが失われてきているのだと思う。(私の友達の表現を使うと、生活がのぺっとしているらしい。つまりメリハリがないこと)旦那に聞いてみる。「どうしたらいいと思う?」「運動しろ」「・・・。それ以外は?」「今やっていること全てのやり方を変えたらいいんじゃないかな?今している作業をカフェでするとか。毎回新しいカフェを探して。ジムでしている運動を外の公園でするとか。もうすでにやっていることはたくさんあるから、新しいことをこれ以上増やさない方がいい。小さなことを変えるだけでいい」なるほど。たまには役に立つことを言うじゃないか。確かに最近家にこもって頭だけを使うことが多かった。体を動かしていないし、外にあまり出なくなってしまった。おかげで写真も撮っていないし、シンガポールの散策もできていない。

(バリ)

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突然日本が恋しくなったことの結論としては、頭の中の日本語を教えることのウェイトが大きくなりすぎて視野が狭くなっていたこと。そしてそれがうまくいかなくなった時に何もかもがうまくいかない!という思考に陥り、外に出ないものだからネガティブな思考がぐるぐる繰り返され、病は気からで胃痛を発したものと思われる。でもやっぱり『もうそれくらいで、ええんちゃーん』と言ってくれる人が側にいないことが大きい。大したことをしていなくても、異国で暮らすだけで知らぬ間に疲れるのだ。日本に帰国したらそういう存在の友達に感謝すると共に、もし私と同じように感じている外国人が日本にいたら『十分がんばってるやん。ちょっと休みーよ』と言って、相手の言語で心行くまで話を聞いてあげられるような存在になれたらいいなぁと思う。

(南インド、ケララ)

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