シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

中国語の先生を見直す

”見直す”と言っても、もともと私はこの中国語の先生が好きなのだけれど、さらにいい先生だな。と思うことがあった。それはクラスについていけないイギリス女子への対応だった。

私は日本人なので中国語と日本語の漢字の類似性が面白い。特に漢字そのものも意味も全く同じだと、おぉ!!となる。”起床”、”当然”、”常”が昨日習った中でそうだった。それにシンガポールの日常生活で使おうと思えば使えるのも、上達が見られて楽しい。さらに来週末から中国茶の旅に出ることもあり、日本語で書かれた中国語トラベルブックの役に立ちそうなフレーズを覚えるなど、教科書だけで勉強するというよりもより実用的に中国語の習得を楽しんでいた。

(レッスンは旅行の計画から、一日の行動に移った)

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が、西欧の方や漢字に馴染みのない方にはなかなか難しいようで、ついにイギリス女子が昨日教室に入ってくるなり爆発した。「私、こないだクラスを休んだからついていけない!この本もよく分からないし、発音もわからない。続けられる気がしない!」私は人目もはばからず自分の感情をあらわにするイギリス女子に、ちょっと目が点になった。もし自分がクラスについていけなかったとしても、他の生徒や先生の前でこんな風に自分の出来なささを爆発させることはできない。先生がどう対処するのか、興味深く観察する。「君が休んだのはたった一回だよ。どの辺が分からないの?数字はわかるよね」何もかもできない!とパ二くっている彼女に、まずきちんとできていることもあることを分からせて落ち着かせようとしている。

その後先生が彼女にアドバイスしていた中で、私が一番気に入ったものはこれだった。「中国語を一字一句、考えるな。感じろ」これは確かにそうだと思う。とにかく始めはフレーズを覚えるしかない。すると文法や単語の全てが分からなくても、知っている単語をいくつか断片的に聞き取れれば何を言っているのか推測できるし、何となく雰囲気で分かる。英語が通じない国へ行くと私は日本語を使って現地人と会話するが、お互いなぜか状況や雰囲気で相手の言っていることを感じることができる。それにいきなり始めから他言語を完璧に理解することなんて無理なので、分からなくてもそんなに気にしなくてもいいと思う。これからたくさん文章に触れていけば、なんか自然にわかるようになっていく。

そして一番大切なのは、多分その言語を学ぶ動機だと思われる。私の場合、自分の周りにいる中華系の人たちを理解したいという所から始まり、言語と文化は結びついているので言語も学ぼうと思った。それに普段は英語で話しているが、中国語が母語の人と中国語で話せると距離が一気に縮まる。周りにいる中華系の人を理解したい、いつか中国語でも話してみたいという動機や、日本語との類似性の面白さが重なり今の所飽きずに続いている。しかしイギリス女子の場合、漢字やピンインなどが英語に比べてあまりにも異質過ぎて、趣味としては続けるのが難しい所に来ているのかもしれない。あと結構この中国語クラスは「やって慣れろ!」的な要素が多く、文法の説明があまりないままよく分からないけど文章を考えさせられたりする。そして間違っては正しい答えを学んでいくという形式で、これで間違わない方が珍しい。その分早く習得できるとは思うけれど。

今回のクラスはイギリス女子に配慮してか、ちょっとゆっくり進んだ。(しかしその分帰るのが遅くなった・・・)先生は彼女に目をかけながら、時折「これは英語で何と言うんだ?」などと彼女に聞きながら、英語話者である彼女のプライドをうまく持ち上げて授業を和やかに進ませていた。ランチ時間に中国語を勉強しようとしていたイギリス女子に、先生は言う。「いいか、こんなテキストを会社に持って行ってランチ時間に勉強せんでいい。一個か二個のフレーズを小さいメモに書いて持って行け。ビギナーのクラスは楽しむためにあるんだ。真剣に学ぶのは、もっと後々。リラックスしろ」いつも端的な英語でストレートに暴言を吐く先生のことを面白がっていたけど、たまにはいいことも言うんだなぁ。とちょっと感心した日だった。

私はこの先生をいつか、あっと言わせることが目標です。