シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポールに2年住んだ英語力

シンガポールに来て約2年が経ったが、日本にいた時とあまり英語力が変わらないのは気のせいか・・・。むしろ何か退化している気がする。今日もシンガポール人のJamesとキャッチアップをしていたが、いつにもましてすっと言葉が出てこない・・・。それでも結局2時間半喋り続けたのだけれど。

英語が退化する要素はいくつか考えられた。まず日本語を教えているので、日本語を使う機会の方が多い。レッスンはビギナー1人を除いて日本語で教えているし、日本語教師養成講座を受けているので日本語に触れる時間が必然的に長くなる。旦那も日本人だし。次に中国語を習いだしたので、英語よりも中国語を覚えることに時間を使っている。中国語の語順は英語と日本語を足して2で割ったような感じで、これもまたショートメモリーの私は英語を話す時に訳が分からなくなる要素の一つに違いない。しかし最大の理由は、英語の面白さを忘れてしまったことにあるのではないか?

(中国語のレッスンは、猛スピードで進んでゆく・・・)

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英語を勉強した最大の理由は仕事で必要になり、できないとクビになるんじゃないかと恐れたからだったが、それ以外にも魅了するものがたくさんあったはずだった。例えば初めて一人で行ったロンドンの旅で、せっかく誰かが話しかけてくれてもさっぱり何を言っているのか分からなかった。あの時『もっと英語が話せたら、この旅は違ったものになったはずだ』と悔しい思いをした。他にも日本語ではキザで言えないようなことも英語だと表現できるユニークさや、英語を話す人達と自分の考え方の違いにも惹かれたように思う。シャネルのCMに出て来るメッセージ”Be yourself(自分らしくいなさい)”やアメリカで働いた時に上司に言われた”You can do anything you want to do(やりたいこと、何でもやりなさい)”のようなことを、日本語で言われたことなどなかった。いつも他人からどう見られるかを気にしたり、自分がやりたいことよりも日本の社会の中で”普通こうあるべき”というのから、いかに外れずに生きるかを考えていたので、こういった自己を尊重する表現は新鮮だった。それに海外に行き英語を話すと自分を飾る必要がなく、いつも開放感を感じた。

(あーどこかキレイなビーチへ行きたい)

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が、今はその海外が日常になり、昔アメリカで住んだ時のように劇的に英語力が伸びなくなってしまった。普通に生活をしている限り、買い物をするとか、食べ物を注文するとか、ちょっと何かを人に聞くとか、予約する、雑談をするなどの決まったパターンでしか英語を使わず、何か込み入った話題について意見を戦わせる力まではつかない。(これをつけたい)英会話でJimさんに相談する。「あのーいつも思うのですが、一体どれだけ勉強すれば英語が流暢になるのかと気が遠くなります」「そうですね。一定のレベルまでくると、そこから劇的に進歩するのは難しいです。明確な答えはないのですが、今やっていることを続けてください。後退しないことも一つの進捗です」ふむふむ。「毎日続けると、自分では気づかないうちにちょっとずつ前に進めます。一週間全く話さないだけでも、簡単に忘れてしまいますから。あなたがこないだ少し日本に帰った後、いくぶんか流暢さを失っていましたよ。話しているうちに、取り戻しましたが」たった一週間で・・・全然気づかなかった。

語学を学ぶことに終わりはないし、近道もない。それは自分の言語でも他言語でも同じことだと思う。自分の母語である日本語だって、完ぺきではないのだ。(敬語とか漢字とか)しょうがないので出来ない自分をまずは認めて、コツコツまた積み上げていくことにした。中国語のクラスで4か国語を操り、5か国語目に中国語を学んでいるイギリス女子がいるのだけれど、一体どうやって各言語を維持しているのだろう・・・。頭の中を覗いてみたい。