シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

そしてシンガポールが好き!

10日間の日本滞在はあっという間に終わり、シンガポールへ戻ってきた。今回お腹を壊しっぱなしで、全く食べたかったものを食べられず残念だった。このしつこいお腹の調子の悪さはウィルス性胃腸炎らしい。まだ2週間くらい食べ物に気をつけるようにとのことで、せっかく大量に日本で購入したビールのあてはしばらく棚で眠っておいてもらうことにした。

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日本に帰ると色んなことにホッとした。言語が日本語だけで済むこと、勝手がわかっていること、日本人は丁寧で相対的に親切であること、食べ物がおいしいこと、何でも売っていることなど。それに今回気づいたのだけれど、自分が持っていた日本人のイメージは、自分の偏った見方で決めつけているのに過ぎなかったと思った。色んな店で店員さんはフレンドリーに話しかけてくれ、見知らぬ人同士でも何かの拍子に会釈をしたり、簡単な会話をすることもあった。私が抱いていた日本人のイメージは、これらとは違った。日本にいた時は、自分もこのように振舞っていたのだろうか。それともよそ者には冷たく接していたのだろうか。忘れてしまった。

チャンギ空港に到着すると、これはこれでホッとした。サリーを着ているインド人のおばちゃん、携帯で遊んでいる店員さん、中国語のラジオがかかっているタクシー。全てがいつも通りだった。シンガポール女子に連絡する。『すみません。胃腸炎になったからまともに食べれなくて・・・ランチを来週にできますか?』『あらまぁ・・・いいわよ。月曜か火曜が空いてるよ。治ったら連絡して』そして半年以上定期的にキャッチアップしているJamesから、ちょうど連絡が来た。『ちょっと前にシンガポールに帰ってるんだけど、いる?今週キャッチアップできるよ』『日本からちょうど帰ってきました!なんかシンガポールがほんとのおうちのような感じがする(笑)』『それは嬉しいね!じゃ、また都合のいい日連絡して』

私の第二の故郷は病んだ時に行く南インドのケララだったが、来星2年目をまじかにシンガポールに塗り替わった。そして当初は自分がシンガポールで憤っていた色々なことが、もはや『あぁ、今日もいつも通りやな。平和な一日』などと落ち着くようになってしまった。これは日本に住んでいた時に、週末の夜中に暴走族が必ずやかましく外を走るのを聞いて『あぁ、なんか今日も平和』とある種ホッとしたのと似ている。そしてシンガポールに戻ってきて、会える人がいることも第二の故郷となった大きな理由なのだと思う。

飛行機の中で色んなことを考えていた。このシンガポール生活は限られたものであり、有限であること。今持っているものは全て当たり前じゃないこと。今しか起こりえないことが何かの縁で起こっているにすぎず、きっと後から振り返ってもう一度ほしいと願っても手に入らない。そう思ったら人との出会いや、成り行き上今しているいくつかのことがとても貴重に思えた。そして今手にしているものに感謝をし、シンガポールはもちろんアジアで自分のやりたいことをやり尽くそうとも思った。

しかし、まずはこの胃腸炎をどうにかせねば。ビールも飲めやしない。油ものも肉も魚も今はお腹を下すとなると、食べられるものが米と野菜くらいしかなくなる。ここがあの南インドのアーユルベーダ病院ならいいのになぁ。野菜とふんだんなスパイスで作られた、世にもおいしいアーユルベーダ食が食べられるのに。そういえば南インドで買ったアーユルベーダ食の本がどこかにあったような・・・。