シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

昔住んでいた街を歩いて思うこと

シンガポールに引っ越すまで住んでいた街に来てみた。駅周辺は前にしていた工事が終わり少しきれいになっていたが、大きくは変わっていなかった。そして自分が昔住んでいた家を少し見に行くことにした。

さすがに2年前と最近だけあり、ここは当時の自分を思い出させるものがたくさんあった。『あぁ、ここ毎日歩いたな・・・』残業で疲れ果ててコンビニ弁当を手に歩いた日、夜中に酔っぱらって歩いた日、インフルエンザにかかって病院へ行った日など、そのすべてが懐かしかった。実はシンガポールに住んでいるのが夢で、このままあの日本の生活の続きが始まるんじゃないかという不思議な感覚になった。しかしそれはもう過去で、同じ生活がまた始まることはない。

前に住んでいた家は少し改装されて、きれいになっていた。マンションの名前も横文字のしゃれた名前になっているし、郵便受けが近代的なのに変わっている。私が住んでいた時はどこかの古いアパートを思わせる名前で、外にある郵便受けは外から手を突っ込んで郵便物を盗める造りだったため、私も何回か盗まれた。『今はどんな人が私の部屋に住んでいるんだろう』なんだかここをしばらく離れたくなく、ずっとウロウロしてちょっとした不審者のようになってしまった。そろそろ行くか・・・。

よくいったマッサージ屋にも行ってみた。すると当時いたお姉さんがまだいたのが、なんだか嬉しかった。「マッサージは久しぶりですか?」「いえ、マッサージ自体は久しぶりじゃないんですが」「あぁ、ここが久しぶりですか」「えぇ、海外に住んでまして・・・」と事の成り行きを手短に話す。それにしても、やはり日本のマッサージはいいなぁ。なんかこう一つ一つが丁寧。言わなくてもピンポイントで、気持ちいい所をちょうどいい強さで揉んでくれる。シンガポールだとたまに終わった後に『なんじゃこれ。金返せ』と思うことがある。

今日は昔家のベランダから毎日見ていた橋が見えるホテルに泊まることにした。

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ここで自分のシンガポール生活を遠巻きにして見る。好奇心の赴くままに何かし手を出してこんがらがっていたが、自分のためよりも人のために何かをする比率をもっと増やした方がいいなと思った。また自分のことばかり考えだしている気がした。今の生活の中の優先順位を見直す。

そして中華系アメリカ人との会話をプレイバックする。「日本に戻ったら、前の会社に戻るんですか?」「いえ、戻りませんね。何か新しいことを探します。でも正直日本に戻った後のことは、何も考えていないんですよ」・・・・「あなたはどんな仕事がしたいですか?」「私は将来自分の事業を持ちたいです。先生は?」「なんでしょうね。海外と日本を繋ぐような仕事をずっとしていたいですね」「それは先生に”似合ってる”と思いますよ」「そういう時は、”合ってる”と言うんですよ。ありがとうございます」今まで日本に帰った後のことはわざと考えなかった。この先どうなるかなんて分からないし、あまり遠い将来のことを気に揉んで今の生活を楽しめなかったり、よく分からない将来のために今の生活を犠牲にするようなことをしたくなかった。しかしシンガポールに来てから起こった色々な出来事や、なぜか成り行きで今しているいくつかのことが繋がり、日本に帰ったらやってみたいことがぼんやり描けるようになった。そしてそれはシンガポールに来なければ、見つけられない類のものだった。

ふと自分が昔作ったやりたいことリストに、”東南アジアに住む”と書かれていたことを思い出した。『シンガポールは東南アジアやなぁ。もしかして自分でこう書いたから、今東南アジアに住んでんのかね・・・』その他にも書かれていたやりたいことリストのほとんどが、今思えば実現されていた。リストにしたリ、したいことを具体的に描けば描くほど実現する確率が高くなる。それを信じて今回もこのきれいな橋を見ながら昔のように、次にやりたいことを紙に書いておいた。