シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

シンガポール生活を楽しくするコツをJoyceに聞く

北京出身のJoyceとお茶かランチをしようと思い、連絡してみた。「ついに近所に引っ越したよ!時間のある時に、ランチかお茶しましょう」「もし時間があったら、今日はどう?」「じゃ、15時にお茶で」ということで、すぐさま決まった。

場所は、昨日旦那と店内に入ってタルトがおいそうだけれど、信じられないほど高い!と冷やかした店(Drips)だった(笑)私はその信じられないほど高いタルトを食べる機会に恵まれた。

(すみません、知らないおじちゃんも写してしまいました・・・)

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Joyceとは去年12月にJoyceの会社の日系企業とのミーティングに、通訳として飛び入り参加して以来会っていなかった。「久しぶり~元気?」「えぇ、実はここ1カ月ヨーロッパと中国を旅していたの」「???」Joyceは確か2月に私が通訳に出た会社を辞めていた。なんとヘッドハントされて、香港の会社に転職するのだという。「え!そうなの?私は悲しいです(泣)いつ香港に行くの?」「5/1よ。そして5/2から働き始めるわ」「それはまた急な・・・」

(私はアップルパイ(SGD8.5もした)を、Joyceはゆずのパイを食べていた)

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なんでも彼女はシンガポールに16年も住んでおり、もうそろそろシンガポールを出る頃だという。ずっと香港の仕事を探していたが得られず、シンガポール内の転職を繰り返していたら、今回予想外にオファーが来たらしい。「今の会社にも長く勤めすぎたわ。(多分3年くらいのはず・・・)それにシンガポール内であの会社は競争力がないから、香港にある業界内で名の知れた会社に行くことにしたのよ」「は~すごいですね。あなたは専門分野があり、英語と中国語が話せるので色んな国で職を得られますね」「はじめはアメリカにしようかと思っていたけど、my sister(恐らく姉と思われる)を訪ねてアメリカに行った時に、あまり好きになれなかった。それで中国、香港、シンガポールを考えたんだけど、中国は人口が多いからとても競争が激しくてね。それに大気汚染とかどこも人が多いし、住むには環境がよくない。それでシンガポールにしたのよ」

ここでシンガポールに16年も住んでいた彼女に、どうやって生活を楽しいものにしてきたのか聞いてみた。「一つは旅行ね。シンガポールの外に出ることね。私は連休の度に周辺国を旅したり、ジョホールバルでもいいからこの国から出ていたわ」ジョホールバルに乗馬ができるところがあるらしい。ちょうど馬に乗りたかったので(?)マレーシアなら安いだろうし、少し探してみよう。「シンガポール内だとMeetupとか、面白そうなグループに参加して友達を作っていたわ。でも外国人はみな数年後にシンガポールを出て行ってしまうし、その後も友達関係を維持するのが難しいのよ。それに友達ができても、結局なんかを飲み食いすることくらいしかやることがないしね」なるほど。シンガポール内では娯楽が少ない代わりに色んな人が住んでいるので、人と集まるイベントが多いんだ。「近所だし私も今働いてないから、もう一回会いましょう」「はい、ではまた~!」と言って別れた。

今思えば、Joyceとの出会いが私のシンガポール生活のいくつかを変えた。まず私が持っていた中国人のイメージが変わった。Joyceはとても親切で礼儀もあり、同じ外国人として女子同士としても色々と話ができた。知り合ったのは去年の10月だからそんなに長くはないのだけれど、割とすぐに打ち解けた。私は彼女の直球でくる性格が好きだった。

そして今回の引っ越しも、きかっけは彼女だった。彼女がお勧めしてくれたカフェに旦那と行きこの場所が気に入り、引っ越すことにした。さらにJoyceの会社に通訳として出た後『昔は自分がこういうミーティングを取り仕切っていたのに・・・』と悲しくなり、一体私はどうすればいいのか分からなくなってチャイナタウンの手相占いに駆け込み、Teoさんと親しくなれた。他にも彼女にはどの国でも戦える専門性があるが、私にはないことに気づいた。直接的なきっかけは、ビギナーのKelvinに日本語をきちんと教えられない!という理由から日本語教師養成講座を受けだしたが、その背景にはJoyceのように手に職をつけたいということもあったのかもしれない。日本語を学んでいるもしくは学びたい外国人は、世界レベルでみると少なくないようで、オンラインで教えているとどの国にいても同じように仕事ができる。私は日本で勤めていた会社を辞める時に、休職を勧める人事部との最終面談でこう言ったのを思い出した。「今の会社だけで通用するのではなく、どの国でも働くことができる人材になりたいので退職を決めました」当時はシンガポールで会社勤めをするためで、それもしたが、今や働く=会社勤めという自分の固定概念もなくなり、ある意味もともと自分が目指していた方向へ自然と向かっているのかもしれない。

次の仕事が少しチャレンジングになるというJoyceが言っていた。「I will see(どうなるか、まぁ見てみましょう)」そうですね、私も自分の行く末がどうなっていくのか、興味深く見ていきます(笑)。