シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

「その先に何があるかは、誰も分からない」

残念ながら日本語を学びたいという生徒数が少なかったために、私はシンガポールのとある学校で日本語教師になることができなくなってしまった。これはとても残念だったが、しょうがない。インドのダージリンを旅行中に、電気と水道が止まって自分でどうしようもなかった時と同じことだった。旦那からラインがきた。「焼き鳥でも食べに行く?」「うん!」

焼き鳥を食べに行く前に、私の一番初めの生徒だったウェストさんとレッスンがあったのだが、しょうがないと思っていても、なかなかすぐに気持ちを切り替えるのが難しかった。『なぜ生徒が少ない場合、採用が取り消しになると事前に言ってくれなかったのか・・・』とか『雇用契約書にサインまでして持って行ったのに、一体何だったんだとか・・・』とか。けれど、その後ウェストさんと楽しく授業をしているうちに(今回は自動詞と他動詞の使い方について)、なんだかどうでもよくなってしまった。私には今こうして目の前に日本語を教えている生徒がおり、学校であってもスカイプであっても、教えるということ自体に変わりはないのだ。今自分の授業を受けてくれている人に、ベストな授業をしよう。そのためにはまず日本語教師養成講座をきちんと終え、正しい日本語を教えられるようになろう。(特に私の謙譲語や尊敬語はかなり間違っていることが判明・・・申し訳ございませんでした)そこからまたどうするか考えようと思えた。採用取り消しでチーンとなっていたが、ウェストさんの笑顔を見て生徒に救われた。

焼き鳥を食べながら旦那と話す。「神様は、一体私に何をさせようとしているんだろうね」私は特に信仰深くはないが、いつも何か見えない力や縁などが働いていると思っている。一度採用となったにも関わらず今回学校で教えることがなくなったのも、きっと理由があるのだろう。「きっと困難な状況を与えて、どう乗り越えるか試しているんじゃないかな。その度に君は前に進んで、乗り越えてきたでしょ?今ももう次にどうするかを考えているし。もっと色んなものを見なさいと言っているのかもよ」「その先に何があるんだろう?」「成長して、新しい自分を見つけるんだよ。その先に何があるかは、誰にも分からない」なるほどね。私にも誰にも先のことなど、明日のことすら分からない。

しばらく目の前のことに集中することにした。まずは引っ越しを終わらせる。日本語教師養成講座を修了する。日本語レッスンは朝と夜に集中しているので、昼間に違うことをしたい。どこかの組織に雇われるとなると、今回のようにその組織の勝手や都合で自分の生活が振り回されるのが気に入らない。そんなことを思っていると、今読んでいる本に面白いことが書いてあった。

”いつまでも仕事を誰かにもらうばかりでは、未来に不安が生まれるし、思い通りに行かない時に誰かのせいにしてしまいがちです。

でも、自分で仕事を作ったなら、それがうまくいくかどうかはすべて自分次第になります。

取り換えの利かない人材になり、かつ自分が仕事を好きであり続けるために、「仕事を作る努力」を自ら進んで行っていく姿勢が必要だと思います。”

Source: 小さな野心を燃料にして、人生を最高傑作にする方法(はあちゅう 村上萌著)

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新居で落ち着いたら、日本語を教える以外に何ができるか考えることにしよう。私の軸は、これからも”シンガポールにいるうちに”だ。