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シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

1/2(月)ネパール旅行の終わり

最終日の朝はせっかくカトマンズにきたので、寺を見に旦那をダルバール広場に連れて行く。私が2016年6月に来た頃は地震でいくつかの寺が崩れており、あまり修復が進んでいなかったが、それでも美しかった。ホテルのタクシーを使うと高くなるので、近くの道にいるタクシーを拾って300ルピーで行く。

入場料は一人1000ルピーもするが、レンガ造りのお寺は趣があり、細部までこった彫刻が美しい。みなさん朝のお祈りに来られていた。

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そして青空マーケットを見る。既に昨日ポカラのチベット用品店で幸運を運んでくれるというブレスレットを200ルピーで買っていたのだが、どうもアクセサリーに目を奪われる。「これ2つで200ルピー」と、おばちゃんが赤と青色の美しい石のピアスを勧めてくる。「1個でいいから100ルピーね」と100ルピー払う。そしてピアスのことを「デレ ラムロ(すごくきれい)」とおばちゃんに言うと、喜んでくれた。

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そして近くの路地をウロウロする。

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ホテルへ戻るため、その辺のタクシーを捕まえ「200ルピー払います」と値段を一方的に告げて乗り込む。ドライバーさんと英語と簡単なネパール語でお話しする。「ネパールはどうでしたか?」「デレ ラムロ ツァ(すごくいい)」「〇□▽×※☆?」「??」「ホテルは高いですかと聞いたんです。“高い”はモンゴ」「あ~。モンゴ ツァ(高いです)」日本人もそうだと思うけれど、ネパール語を使うとネパールの方が喜んでくれるし、新しい言葉を教えてくれる。それに少し単語と文法がわかると、それらをひっつけて文章を組み立て使え、それが現地の方に通じると楽しい。語尾に“ツァ”をつけると“です”という意味らしい。ちなみに語順は日本語と同じ。タクシーを降りる時に「ダンネバード(ありがとう)。フェリ ベトラ(また会いましょう)!」とドライバーさんに言うと「フェリ ベトラ!」と笑顔で返してくれた。

「あたし多分ネパールに1カ月いたら、かなりネパール語できるようになるわ。ここまで話せるようになったからもったいないし、シンガポールでネパール語を教えてくれるネパール人探すわ」と旦那に言うと、旦那は「ここまでって、全然話せるレベルじゃないよ」と夢のないことを言う。

ホテルをチェックアウトしたものの空港までの送迎車がなかなか来ず、13時のフライトなのに空港に着いたのは11:30くらいだった。カトマンズの空港はチェックインの前に荷物検査があるのでものすごく混んでおり、間に合うか少し冷や冷やした。売店でまた高いサンドイッチとハンバーガーを買って急いで口に放り込み、飛行機に乗った。

旅に出ていつも思うのは、自分は無知だということだ。そして貧困国といわれるネパールを再び訪れ、今回は“貧しい”とはどういうことかについて考えさせられた。もちろんネパールはインフラが未整備で、医療や教育を十分に受けられないことや人身売買など、様々な問題を抱えていることは一般的な知識として知っている。サランコットまでいくつかの村を歩いていると、現地の方は埃の舞う悪路を何時間も歩いていたり、住まいがもろかったり、汚れた服を着ていたり、小さな女の子が重たい水を運んでいたりと、生活がどれだけタフなのか見て取れる。何人かの子供は「Give me penGive me sweet!」と我々に言ってきたし、お金をほしいとも言われた。けれど結局のところ私は旅行者としてこの国を訪れ、現地の方の生活の一部を見ているだけで、現地の方が実際にどのような生活をし、具体的に何にどう困っているのかを本当の意味では知らないのだと思った。

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それに日本人から見て貧しいと思っても、現地の人にとっては何時間も歩いて山を越えて移動することは普通だったり、物がなくてもそこにあるものでうまく作っていたり、みんなで助け合って生活し幸せだと思っている人もいると思う。一方でお金や物がたくさんあっても、心が貧しい人もいる。貧しさにも種類や段階があるけれど、人が人として生活できる最低限の環境(雨風がしのげる住まい、衛生的な衣類、食べ物、きちんと医療や教育を受けることができ、恒久的に自立できる等)が整っていなければ、それは貧しいといえるだろうな、などと機内で考えていた。

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(アンナプルナやマチャプチャレを見ながらピクニックをしたりダンスをするなんて、すごく贅沢・・・)

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(子供の山羊がかわいい。大きくなるとおばあちゃんに罵られながら、棒で叩かれてましたが・・・)

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そして、世界196か国ある中でも数少ない先進国に生まれ、その中でも特殊な国である日本で生まれ育ったことに感謝しなければならないなと、いつも通り思うのだった。

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