シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

The Art of getting lost(迷子が織りなす芸術とは)に向けて

今週日曜日にベトナムのホーチミンで開かれるイベント”The Art of getting lost(迷子の芸術)”に参加する。これは私が10月に参加した、”ブータン・ネパール旅行の経験をシェアするMeetupイベント”のインド人オーガナイザーが開くもの。ハノイ版が11月に開催されており、ホーチミンに住むベトナム人が「何でハノイだけなの!」と怒ったところ「ホーチミン版は12月にやります」となり、私が「ホーチミン版に興味あります~」と軽くコメントしたところ、「12/11はどう?」「いいですよ」「じゃ、みんなその日でよろしく!」という感じで、トントンっと決まった。

この”The Art of getting lost”というイベントは、ホーチミンのサムライカフェという所に20人弱くらいが集まり、旅行中どこかに、もしくは本や映画の中などに迷い込み、または心をどこかに忘れてきて(もしくは奪われて)、結果的に素敵な場所を見つけたり素晴らしい人に出会った経験をシェアするというもの。そこで自分自身の経験について、思い起こしてみる。そういえば10年前に友達と2人でホーチミンへ行き、最後の日の1時間だけ別行動をした時に迷子になった。そしてその経験から、一人旅の方がエキサイティングで楽しいと思うようになったのかもしれない。

私はホテルの近くを一人でぶらぶらしていたら、思いのほか遠くに来ていたようで方向が全く分からなくなってしまった。多分30分くらい歩いていたと思う。ポケットには数ドルしかなく、地図もホテルの住所がわかるものも何も持っていなかった。唯一ホテル名”Bi Saigon Hotel”だけを覚えていた。バイクタクシーのおじちゃんが話しかけてくる。「どうした?」「Bi Saigon Hotelへ行きたいんですけど」「?ここに書け」と、白いチョークを渡された。こことは、おじちゃんの黒いバイクのこと。するとおじちゃんはそのホテルを知っていたようで、ここから価格交渉になった。「USD5だ」「高い、USD2にして」「USD4でどうだ」「それだったら歩いて帰ります」とその場を立ち去ろうとすると(本当は道がわからないので、帰れないのだけれど)「わかった、USD3でどうだ」「OK」その後おじちゃんの原付の後ろにノーヘルでまたがり(当時はヘルメットをみなかぶっていなかった)、道をぶっとばしてホテルへ戻った。

(これは今年4月のハノイで。10年たっても、原付二ケツは楽しい)

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ホテルの前で止まる時にその辺のおばちゃんをひきかけて「あんた、なにやってんのよ!」とおじちゃんは怒られ、おばちゃんと私は「(危ないわ)ねぇ!」のような感じで笑いあったのを覚えている。実はその経験がこのホーチミン旅行で一番印象に残り、楽しかった。その他にもベンタイン市場や戦争博物館などへも行ったが、なぜかあまり記憶にない。

恐らく”迷う”という予期せぬことが起こったのがエキサイティングで、おじちゃんと交渉するという現地の人との会話が楽しく、日本だとできない”原付ノーヘル二ケツ”が非日常で痛快だったのだと思う。このホーチミン旅行以降、友達とは一緒に海外旅行へ行かなくなった。代わりに一人でアジアの新興国を旅し、そして必ず起こる何らかのトラブルや現地の人との会話を楽しむようになった。

(赤道直下のマレーシアでは大やけどのような日焼けをし、皮膚科の先生に怒られた)

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(香港は安く買った帰りのフライトが1日間違っており、チケットを正規の値段で買い直すはめになったり)f:id:Nisshi:20161207185326j:plain

(ベトナムのダナンでは、スパのお姉ちゃんが夜中にディスコへ原付二ケツで連れて行ってくれるという楽しいハプニング(?))

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(南インドでは下痢になり)

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(カンボジアでも高熱下痢になり、現地の病院送りになった)

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他にシンガポールに引っ越して間もないころ、道に迷った。身なりのよさそうな男性に駅の場所を聞き、行先が同じだったのでMRTの中で話していると、彼は昔私が住んでいた日本の町に住んでいたことがわかった。そして仕事を探していると話すと、知り合いにあたってあげるから履歴書を送りなさいと言われ、のちのち彼が元Fair PriceのCEOだということが分かってびっくりしたことがあった。

しかし、一番迷子になったことで素晴らしい結果になったことは、今年自分の人生が訳の分からない所に迷い込んだことだろうか。今までは”仕事をしてキャリアを積む”という航海地図みたいなものがあったとして、それが燃えてなくなってしまった。もう地図がないのだから、適当に進んで楽しそうな島にでも行くか。となり、シンガポール周辺国を3カ月一人旅したことで、キャリアとは別のものを得ることができた。(幸せとは何かをブータンで学んだり、人との素晴らしい出会い、忍耐とか受け流すとか受け入れるとか、気合で割となんとかなるとか、たくさんの趣味ができたなど)それによくわからないけれど日本語教師もどきになり、今は日本語教師の勉強をしていたりする。

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「迷子」を辞書で引くと、”道がわからなくなったり、 連れにはぐれたりすること。”とある。私的には、”予測が不可能なことが起こり、新たな冒険が始まること。”かな。