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シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

6/10(金)パンゴン湖のあと、危うく高山病に・・・

今日は朝7時にホテルを出発し、車で片道5時間かけてパンゴン湖へ行く。これはラオスで行ったビエンチャンからバンビエンへの4時間記録を更新する。始めに言うと、今日はこのラダックの旅で最も過酷だった。往復結局11時間も車で悪路に揺られて、ホテルに帰った後に大きく体調を崩した。

レーを抜けてラダックで2番目に標高の高い(5360m)チャングラ峠をまず目指す。道は舗装されているものの、かなり凸凹しており、その道端で何かしている男女があちらこちらでいる。「彼らを見ると申し訳なく思います。彼らはビハールという貧しい地域から出稼ぎにきています。ただビハールは暑い地域なので、彼らは今本当に寒いと思います」とヤンペルさんが言う。日本やシンガポールで見る工事は機械を使っているが、この方たちは斧とか手で作業をしていた。日焼けをして真っ黒になり、また寒いし砂ぼこりがひどいので、目以外を布ですべて覆っていた。私たちが側を車で通る度に、色んな人が手を振ってくれた。

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さらに山の上の方へ上の方へ行くと去年の雪がまだ残っており、次第に登頂に向かうにつれ、ちらほらと雪が降り出した。

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2時間半ほどで、チャングラ峠に到着し、ここでティータイムとトイレタイムを取る。外に出ると恐ろしく寒く、これは日本の2月くらいの気候だった。さらに標高が高すぎて、耳がキーンとなったり、息がすぐにあがり外にずっといると危ない。トイレは土に穴を掘って和式便器の代わりに簡単に石を積み上げた程度の簡素なもので、しかもトイレの鍵が閉まらない!!これではその穴に向かって用を足している間に、絶対誰かがドアを空けるではないか!!しょうがないので、特殊な方法で何とかした。(書けません)

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ここからあと2時間半ほど下っていく。ここからは完全に雪で、その中をインド人は結構バイクで走っており、強いなーと思った。でももちろんみな寒さに震えながらで、我々の車を止めてあとどれくらいで着くのかを聞いたりしていた。

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 中には雪の前で写真を撮っているインド人もいて「彼らは寒い地域の出身なんですか(だから寒くても耐えられるのかな)」とヤンペルさんに聞くと「暑い地域の出身で雪を見たことがないから写真を撮ってるんです」とのこと。あーシンガポール人が真冬に北海道へ行っているのと同じだ・・・。私は日本でも温かいところの出身だし、シンガポールに住んでいるので30度くらいがちょうどいい気候に感じる。雪なんか地獄だ。

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揺れが恐ろしくひどくなり、手すりを持って体を支えていたが耐えられなくなって、シートベルトをきつく締めた。これはブータンで体験した舗装されていない道の揺れを超えた。そうこうしているうちに、湖が見えてきた。

「まずもう少し景色のいいところへ行ってから、戻ってきてランチにしましょう」とのことで、全体が見渡せる景色の良いところへ行く。外はやはりかなり寒く、日本の1月くらいの気温に感じた。(なんで持ってきていたヒートテックを着てこなかったのか・・・)この湖は非常に大きく、我々がみている部分は全体の30%程度でしか過ぎないらしい。中国側からも見ることができるらしいが、インド側の方が美しいとのこと。

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 寒すぎてずっと見ていられないので、ランチに行く。湖の側にはレストランがあり、そこで野菜スープと野菜のモモを注文した。私が泊まっているHotel Omasilaはブラピも泊まっていたという話から、映画の話になった。ブラピ出演の「7 years in Tibet」と「Kundun」というチベットに関する映画が面白いらしい。特に後者はチベットの歴史やダライラマについてよく理解できるそうで、これはぜひ見てみたい。

朝7時に出て、湖についたのは12時半。そしてここを出たのは13時だったので、30分のために往復11時間のドライブということになる。行きに降っていた雨や雪のせいか、帰り道はさらに悪路になっていた。ドライバーさんもかなり飛ばすので、車がとても上下に揺れて胃が痛くなった。また5000mの標高のところでトイレへ行ったが、空気が薄すぎて、しゃがんだときに眩暈を起こしそうになり、慌てて車へ戻った。

その後も悪路は続き、車は結構なスピードでガンガン進む。ついに吐き気がしてきたので『ゆっくり走って』と言おうと思った時に、進もうとしていた道が工事中だったため道ではない道を走ることになり、危ないのでスロー運転になり助かった・・・。

(なぜかみな同じ方向を向いて、静止していた)

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ホテルに17時過ぎについてからが大変だった。気が抜けたのか、体が非常に重たくてもう歩けない。なんとか2階の部屋に戻ったが、頭が朦朧としてきて呼吸が浅く、脈拍が早い。いつも寝る前にする瞑想の呼吸法で整えようとするが、間に合わない。さらに手がしびれてきて、これは高山病の症状の一つとヤンペルさんが言っていたのを思いだす。何かこうワインとか日本酒を飲みまくった次の日の朝のようで(わかります?)、もしくは貧血で倒れる時のようになってきたのでレセプションへ電話した。「高山病になったみたいだから、酸素をくれ!!」

すると、いつも受付にいるおっちゃんが特に慌てる様子もなくヌボッと現れ、まず私の酸素濃度を小さな機械に人差し指を入れて測定する。「普通です。酸素はいりません。あと1時間休憩して、悪くなったら病院へ連れて行きます」と言われ、あれれ?そうなの?と拍子抜けしたと同時に、なあんだ。と安心もして、その後運ばれてきたご飯を元気に食べた。高山病の人はこんなにご飯を食べれんわな。と思いながら30分経ったところで、ヤンペルさんが部屋に駆けつけてくれた。どうやらホテルの人が電話してくれたようだ。

ラダックに到着してから今日まで、ちょっとした頭痛や下痢はあっても、こんなにひどい症状になることはなかった。最後の最後に病院行きか?!と焦ったが、やはり標高のものすごく高いところへ突然行ったり、真冬になったり夏になったりと気温の変化がかなり激しく、また車が上下に揺れすぎて、とうとう体が限界に達したようだった。それに睡眠薬を飲めないため毎日全く熟睡できておらず、疲れが取れていない中でこれはチャレンジングすぎたようだ。

非常に贅沢で怒られるのを承知で書くと、『旅行はたまに行くからいいのだな』と今日思った。連続的な旅を長期間続けていると、私の場合は体がもたないようだ・・・。