シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

6/4(土)チベッタン医療といつものおっちゃんの店

今日は地球の歩き方で紹介されていた「クンデ・チベタン・ハーバル・クリニック」へ行った。私は心が病んできたら南インドへアーユルベーダの治療を受けに行くほか、自分でもインドとシンガポールのアーユルベーダ学校で基礎を学んでおり、同じ脈診をするというチベッタン医療がどのようなものかを見てみたかった。合わせて、不眠がネパールにきてからひどいので、薬を出してもらいたい。

ホテルからは20分くらいのチベット人が多く住むというスワヤンブナートのブッダパークの近くにあるそうで、少し場所がわかりずにくいらしい。今回チベット語から日本語へ通訳してくださる加藤さんへホテルのレセプションから電話して頂き、場所を確認し、タクシーを呼んでもらった。このタクシーのおじいちゃんがちょっとかなりのんびりしており、場所がよくわからないようで、ホテルのスタッフがネパール語で何回も説明してやっと通じた。

のんびりしているが割とがめつい。始め「300ルピーで行ってよ」と言うと、「600ルピー」というので、「じゃあ400ルピーで」ということで交渉成立した。しかし走り出してから、待っているから帰りもホテルへ送って行って、全部で1000ルピー払ってと言って聞かない。「いいから、とりあえずブッダパークへ行ってくれ!」と先に進ませた。何歳くらいだろう。もうネパール人もあまりかぶらないと、パサンが言っていた昔ながらの帽子をかぶったおじいちゃんは、昔カトマンズにあった住友商事の徳永さんのドライバーだったらしい。「君も住友商事で働いているのかね?」と言われ、即効違うと答えた。

ブッダパークを右に曲がり少し走ったところに加藤さんがいて、タクシーに乗りこみクリニックまで一緒に行った。降りるときもおじいちゃんは、時間がかかってもいいからずっと待ってると言って聞かない。ずっと待ってるだなんて・・・健気なおじいちゃんに強く言うこともできず、500ルピー払うから私を待たずに他のお客さんを乗せて。と言って、お引き取り頂いた。流しのタクシーだと片道300ルピーで済むので、そっちで帰った方が私も安く済む。

さてこのクリニックは何かのビルの2階にあり、ドアを開けると左側の棚には色んな薬が並んでおり、正面に先生が座っていた。右側にはチベッタン医療に関するいろんな本が置いてあるし、後ろの棚にはお香やお守り等の小物が売られていた。(私は旅の安全のため、お守りを100ルピーで買った)

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まずこの加藤さんはネパールに15年住んでおり、ネパール語とチベット語と英語を話していた。もともと20代の頃にバックパッカーで世界中を周った時にチベットが好きになり、チベット本土で文化保存や教育支援等のNGO活動をされていたらしい。ところがチベットが中国の支配下となってからは活動ができなくなり、ネパールへ亡命したチベット人を対象に同様の活動をされている。今は、親が子供を育てられなくなり寺などに預けられたチベットの孤児17人くらいの孤児院と、このチベタンクリニックを運営されているとのこと。

さっそく先生に診ていただく。アーユルベーダと同じく脈診をするが、アーユルベーダよりもぐっと強めに脈を押す。あとアーユルベーダは片方の手の脈を診るが、今日は両方の手首の脈を診ていた。チベッタン医療は、アーユルベーダと中国の漢方、ギリシャの医療を組み合わせたものらしい。先生が「頭は痛くなるか。肩や首は凝っていないか。腰は痛くないか。時々胸が痛んだり、動悸や息切れはするか。目が時々ぼやっとして見づらくならないか」などを私に質問し、私はそれに答える。(だいたいが当てはまる)

結果、今の私は胃の調子がよくなく、物を食べてもうまく消化されないため栄養が体にいきわたらず、さらに体が冷えているとのこと。それを回復しようと体のエネルギーが過剰になるらしく、それが私の神経を高ぶらせたり動悸が早くなり、不眠に繋がっているようだった。よって、“気”を整える薬や、消化を促す薬が出され、一日3回食後に小さなスプーンに山盛りを湯と一緒に飲むよう言われた。(これで1400ルピーだった)あと、冷たいもの(ビールもNG)は避け、肉は鳥、野菜は温野菜、コーヒーよりも紅茶の方が良いとのことで、とにかく体を温めるようにとのことだった。確かに外は暑いが、部屋の中では足が冷えて冷たい。湯船に浸かれないから余計にだろう。

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どういう考えに基づいて脈診しているのかを聞いたところ、まず先生の呼吸のペースに対して私の脈が5回以上打つかそれ以下かで、冷えか熱性の病気かを見極めるらしい。そして、(説明するのが難しいのだが)指の腹の左右の部分でそれぞれ心臓や肺、腎臓、子宮等の臓器の調子を、脈の強さや速さで見わけているとのこと。

この先生はチベットから亡命された41歳くらいの方で、中国やモンゴル系の顔をしている。英語を話さないため加藤さんを通してしかコミュニケーションが取れなかったが、恰幅のよいお医者さんで一見ムスッとしてそうに見えるが、子供たちに向ける笑顔がとても優しかった。(孤児院の子供が薬作りを手伝いにきていた)

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チベットにはカーストのようなものがあるらしく、医者の家系はみな医者になるそうだ。この先生の兄弟もチベットで医者をされており、薬はそこからの輸入やネパールやインドでとれる植物や鉱物、貝やカニの甲羅、サソリの毒なども使われることがあるとのこと。ここには私のような観光客やネパール人やチベット人、西洋医学で治らなかった病気の方が来られるそうで、運営資金はウェブサイトやクリニックにおいていたパンフレットを通しての寄付らしい。ただ、日本も不況なのとネパールの物価が昨年の地震や経済制裁等で高騰しており、運営は厳しいと言っていた。

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ぜひ先生と写撮りたいとお願いすると快諾してくれ、子供たちも呼んでみな嬉しそうに写真に納まってくれた。

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「チベットは本当に美しいところですよ。標高が高いので塵がなく、全ての物が原色で見えます。星なんて降ってくるかと思いますよ」とのことで、ブータン、ネパール、ラダック(北インド)と今回私はチベットに関連が深い3か国を旅することになり、チベット本土が一体どんなところなのかぜひ行ってみたくなった。

1時間くらいでおいとまし、加藤さんにネパール語でタクシーの値段を300ルピーで交渉していただいた。「またぜひ遊びに来てくださーい!」元気に見送られ、色々な人生があるのだなぁと思った。私はどうやってこれから人の役に立とうかな、などと考えながらホテルに戻った。

最後の夜は、やはりいつものおっちゃんのレストランで絞めくくった。ちょっと疲れているのと、先生に温かいものを食べるようにと言われていたので、野菜とマッシュルームのスープと具がチキンの蒸して焼いたモモを食べた。スープは少しクリーミーで体が温まり、モモは表面がカリッとしておいしい。ただ、10個も食べれないので、半分はホテルに持って返ることにした。

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「ネパールにはどれくらいいたんだ?どうだった?すべてうまくいったか?いつ次来るんだ?」とおっちゃんに聞かれ、私は「ネパールは美しい世界遺産と自然を持つ素敵な国で、素晴らしい時間を過ごせました。もっと長くいたかったです。次は旦那を連れてきて、ポカラにもいきます」と答えた。そして皆で私のカメラで記念撮影をし、おばちゃんの携帯でおばちゃんと娘さんと私の女子ショットを、おっちゃんの携帯でおっちゃんと私のツーショットを撮った。(みなさん家族だそうです)

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おっちゃんは、「次は1か月くらいいなさい。家族を連れてきなさい。みんなで食べて飲もう。お前さんはゲストと言うよりわしらのファミリーの一員じゃ。いつもみんなお前さんはいつ来るのか気にしとったよ」と言ってくれ、とても嬉しかった。私も「毎日おいしい料理と温かいホスピタリティをありがとう」と言うと、「ネパールでベストとは言えんが、わしは毎日ベストを尽くして料理をしている。なぜならこれが自分の仕事であり、全てだからの」と言った。最後に「くれぐれも一人旅なので気をつけることと、夜は一人で出歩かないようにな」と言われ、ハグと握手でまた会おう!と言って、うるっとしながら店を出た。

ネパールの旅は、本当に日が過ぎるのが早かった。きっと色んな人との関わりが多くて、充実していたのだろう。ブータン同様にネパールから去るのがとても寂しいし、ほんの一部しかネパールを見ることができていない気がしてならない。ヒマラヤ山脈がきれいに見える頃に、またぜひ戻ってきたい!