シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

4/26(火)ついに最終日!ブータンのハイライト「Tiger Nest」へ - Paro -

8時半にホテルのロビーにいくと、ハイキング用の杖を持ったドドさんが待っていた。「カドは、おじいさんを病院に連れて行くためプナハに行ったので、今日は別のドライバーだよ」とのことで、あのひどい道を2時間半かけて、また運転していったのかと思うと、本当に大変だなぁ・・・と思った。

ホテルから車で15分くらいのところに、Tiger Nestへ上るスタート地点があった。Tiger Nestは崖の上にそびえ立つお寺で、ブータン旅行のハイライトだという。片道2時間半も私は歩く体力がないので、半分までは660Nuを払って白い毛並みのメスのポニーに乗った。座るところはきちんとあるけれど、思っていたより上下に揺れてしっかりつかまっていないと落ちそう。「ポニーが登るときは体を前に倒して、降るときは体を後ろに倒してね」とのこと。

しかしドドさんがポニーの紐を引きながら少し進んだところで、一向に動かなくなってしまった。ドドさんが紐を引っ張り、「シーッ!!」とか何とか叫んでいるが、歩く気がない。ドドさんが誰かに電話する。「歩きたくないのかね?」と聞くと、「彼女の友達が下にいるので、1人で上に行きたくないんだよ」とのこと。なんとラブリーなこと!数分して、他のポニー2頭とポニーをきっと飼っているおっちゃんが一緒に来てくれ、やっと私のポニーは歩き出した。

f:id:Nisshi:20160428115515j:plain

道は大きな石や岩のようなものが多く、非常に急な坂になっている。ポニーが止まるたびにポニーを飼っているおっちゃんは、「シーッ!!ダー!!ウェイ!!○△□※☆!!!」と罵倒しながら、ポニーを鞭でひっぱたいたり、お尻をぺちん!!と手でたたいたり、石を投げつけたりする・・・。ポニーもたまに「グゥー!!」と低い声で鳴いている。恐らく、若いんだからこれくらい自分で歩けよ!と、私に言っているのだと思う。私も暴言を浴びせられ、叩かれながら先を進むポニーに申し訳なく思った。

しかしもっと気の毒なのは、後ろで120Kgの男性(アメリカ人かな?)を乗せているポニーだった。重すぎて、彼のために2頭のポニーを連れてきて、途中で交代しながら登っていた。ポニーだって疲れるのだ。

「ここからはポニーもいけないから歩きます」とのことで、ポニーにお礼を言い、少し歩いてティータイムになった。日が当たると非常に暑いのだが、風が吹くととても寒くて、体温調節が難しくて疲れる。休憩所であまーいミルクティーを飲み、先に進んだ。

f:id:Nisshi:20160428115618j:plain

ドドさんは優しいので私のリュックを背負ってくれ身軽になったが、しんどいものはしんどい。照りつける太陽と冷たい風と急な坂。登山が好きな人は歩きながら何を考えてるんだろうと思っていたが、私は自分が歩く目の前の道しか見ず、無になって黙々と歩いた。すると遠目にTiger Nestが見えてきた!よくこんなところに寺を立てられたなぁーと思いながら、そこを目指してまた黙々と歩く。

f:id:Nisshi:20160428115733j:plain

ついにそこに到着した時、よく写真で見ていたお寺に自分が今立っているのだと思うと、本当に感動し、あぁ、私は本当にブータンに来たのだと改めて思った。

f:id:Nisshi:20160428115917j:plain

荷物は全てロッカーに預ける必要があり、中の写真が撮れなかったのは残念だけれど(ブータンのお寺はいつもそうだった)、お寺の中には大きなブッダの像や絵等があり、またドドさんが一生懸命説明してくれるが、私は右から左へ。人物固有の名前や日常生活で使わない動詞が出てくるので、ちょっとわからない・・・。ガイドがいないインド人もドドさんの説明を私と一緒に聞いていた。彼らはチェンマイとバンガロールから来たそうだ。「インド人はビザなしでブータンに入って、自分たちで車で来れるんだ。ただ、ガイドがいないとストーリーがわからないから、こうして助けるんだよ」と優しいドドさん。

他にも、ある大きな石があり、そこには親指より少し大きいくらいのいくぼみができている。目を閉じて願い事をし、目を閉じたまま前に進んでそのくぼみに親指が一発ではまったら、願いが叶うという。3回チャンスがあるというのでトライしたが、ピンポイントにその部分に親指をはめるのは難しくてできなかった。「ドドさんはあれできるの?」と聞くと「できないよ」と普通に言われた。なーんだ、ブータニーズもできないなら私はできやしないわ。

さて、帰りはポニーなしで自分の足で降るという(!!)また無になって階段やら岩やらを下っていくが、膝が痛い・・・本当に痛い。ドドさんはまたさっさと行ってしまうし、私は途中でうわぁ!とか、ひえー!!とか叫んで道で滑ったりしながら、やっと休憩所でランチになった。

f:id:Nisshi:20160428120021j:plain

さっきお寺で見かけて日本人かな?と思った人がいたので、声をかけてみたらやはり日本人だった。香港に住んでいるキャセイパシフィック系列のAirlineのフライトアテンダントだという。ブータン2日目だそうで、楽しんでくださいとお互い言い合い、私は席に着いた。

横に座った人をチャンギ空港の飛行機の待合室で見かけたような気がして、シンガポール人ですか?と聞いてみると、そうだという。ジーンさんという女性で、シェルに勤めていて休暇で来ているそうだ。「私はシンガポールで働いてたけど辞めて、稼いだ金で3か月間ブータン、ベトナム、ラオス、ネパール、インド、スリランカ、フィジー、オーストラリアを旅して、終わったらまた新しい仕事を探す」と話すと、「信じられない!!何ということなの!!よく旦那を説得できたわね!!」と、とても驚いていた。(仏様のような旦那さんなんで・・・)「シンガポールでお会いするかもしれませんね」「そうね、小さな国だからね」今日泊まるホテルも明日シンガポールへ帰るフライトも同じなので、See you soon!と言って私たちは先を行った。

ここから30-40分くらい私は膝をがくがくさせながら降っていたが、ドドさんは持っていた杖を振り回しながら歩いたりして、余裕そうだった。スタート地点に戻ってきた時に、あぁやり遂げた!!と、ほっとした。もっとハードと思って覚悟していたけれど、ポニーのおかげで何とかなった。

ホテルに戻り、疲れたのでオイルマッサージを60分くらい受けた。ここはトリートメントルームが別にあり、内装も音楽もブータンらしさが出ていた。セラピストも腕が良く、疲れが和らいだ気がする。(まだかなり体が重いが・・・)お腹がすいたので、持ってきていたバームクーヘンとようかんを食べながら、そろそろ蕎麦とか食べたいなーと感じるところが、どんなにここの国のご飯がおいしくても、自分は日本人だと思った。

f:id:Nisshi:20160428120103j:plain

f:id:Nisshi:20160428120132j:plain

f:id:Nisshi:20160428120154j:plain

最後に農家を訪問し、家の中を見せてもらった。昔のおばあちゃんの家を思い出させるようなキッチン、寝室にはベッドもあり、居間、お祈りするための小さな仏壇のある部屋、そして我々にご飯を食べさせてくれる広い部屋。外には小さな畑と牛をつないでおくための小屋もあった。ここでは、おばあちゃん、おじいちゃん、娘、その旦那、その子供3人で暮らしているそうだ。

f:id:Nisshi:20160428120253j:plain

f:id:Nisshi:20160428120324j:plain

f:id:Nisshi:20160428120411j:plain

f:id:Nisshi:20160428120510j:plain

f:id:Nisshi:20160428120535j:plain

私たち以外にも4人のシンガポール人とそのガイド、ドライバー達と一緒に食卓を囲む。まず、私が日本人と分かると、いきなりブータンの米で作った酒を(日本酒のようなもの)出してくれた。ちょっとお酒をにおってみると、割とアルコール度数が高そうなので、先にお米やトウモロコシを乾かしたスナックみたいなものを食べてからお酒を飲んだ。日本酒と比べると少し癖があり何かの後味が残るが、ブータンのご飯によく合っておいしかった。

f:id:Nisshi:20160428120559j:plain

他のシンガポール人やガイド、ドドさんとお話しながらのご飯は本当に楽しく、お酒が進んだ。小さなおちょこでお酒を飲んでいたので、ふた口くらいですぐなくなる。あまりにぐびぐび飲むので、シンガポール人についていたガイドが、「よくそんなに飲んで、赤くならないね」と言った。するとドドさんが「彼女は日本人だから」と言った。「シンガポール人はブータンの酒を飲まないの?」とドドさんに聞くと「シンガポール人はあまりお酒は飲まないよ」と言う。代わりになぜか彼らは、シンガポールからすごーく小さいCHOYA梅酒とあまーいスパークリングワインを持ち込んでおり、少し分けてくれた。

f:id:Nisshi:20160428120719j:plain

シンガポール人についていたガイドは34歳くらいだそうで、TVに出たり映画を作ったりとちょっとしたエンターテイナーとして有名だそうだ。20時半に近づいた頃、彼がブータンの美しい歌を上手に歌いだし、なんだかスーパーの閉店で流れる蛍の光のような感じがして、あぁ明日私はここを発つのだと思うと少し寂しくなった。宴はまだ続きそうだったが、私は明日のために早く寝たいので、20時半くらいに先においとまして、ほろ酔いで22時くらいに寝た。