シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

シンガポール内で引っ越したい ~追い込み編~

荷物を本格的に段ボールに詰めるにあたり、旦那に「仲良くやろうね。引っ越しは共同作業だからね」と言われたが、それはどういう意味なのだろう?

今日はまず新居へ荷物を運びこむ前に、バルサンをたくことにした。不動産屋さん曰く「ここのコンドはちょっと古いですし、造りがかなりしょぼいですから、何かしら問題が必ずあります。震度4以上の地震がきたら、潰れますしね。はははは(笑)」はははは(汗)どんな問題が待ち受けているのだろう・・・。ゴキブリが出たらたまらないので、バルサンをたいて1時間ほど外に避難した。

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家から徒歩30秒くらいのところに、いい感じのバーを見つけて一休みする。カウンターもあるので、ふらっと一杯飲んで帰るのによさそう。私はHAPPY HOURのビールを、酒を飲まない旦那は珍しくモヒートを頼んだ。「おつかれ~(って、まだ引っ越しは終わっていないが・・・)」

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バルサンが炊き終わり、手で持ってきた絵だけが置かれた部屋でボーッとした。ここに自分たちの家具が運ばれ、生活が始まるのかと思うとワクワクする。ただ台所のガスコンロに、チャッカマンみたいなものでイチイチ火をつけないといけないのを知った時に言葉を失った。(日本のように、スイッチをひねると火がつくものに変えてくれることになった)あと新居に1週間後にインストールされるはずのインターネットが、Singtelのよくわからない不具合で2か月後になるのを知った時は、インドにいる時のように色んなことを諦めようと思った。

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段ボールだらけの今の住まいで夕飯にピザを食べ、旦那は夜になってもまだ段ボールに荷物を詰めている。私は疲れて一切の作業を放棄した。明日できることは、明日やればいいのだ。しかし狭いシンガポール内であっても、やはり引っ越しは疲れる。不動産屋さんによると、引っ越し業者はこの時期慢性的な人手不足のため、サービスを請け負うのを断るために、わざと高い見積もりを提示したりするらしい。

旦那のぼやきが聞こえる。「僕は引っ越しが大嫌いだ!」

「その先に何があるかは、誰も分からない」

残念ながら日本語を学びたいという生徒数が少なかったために、私はシンガポールのとある学校で日本語教師になることができなくなってしまった。これはとても残念だったが、しょうがない。インドのダージリンを旅行中に、電気と水道が止まって自分でどうしようもなかった時と同じことだった。旦那からラインがきた。「焼き鳥でも食べに行く?」「うん!」

焼き鳥を食べに行く前に、私の一番初めの生徒だったウェストさんとレッスンがあったのだが、しょうがないと思っていても、なかなかすぐに気持ちを切り替えるのが難しかった。『なぜ生徒が少ない場合、採用が取り消しになると事前に言ってくれなかったのか・・・』とか『雇用契約書にサインまでして持って行ったのに、一体何だったんだとか・・・』とか。けれど、その後ウェストさんと楽しく授業をしているうちに(今回は自動詞と他動詞の使い方について)、なんだかどうでもよくなってしまった。私には今こうして目の前に日本語を教えている生徒がおり、学校であってもスカイプであっても、教えるということ自体に変わりはないのだ。今自分の授業を受けてくれている人に、ベストな授業をしよう。そのためにはまず日本語教師養成講座をきちんと終え、正しい日本語を教えられるようになろう。(特に私の謙譲語や尊敬語はかなり間違っていることが判明・・・申し訳ございませんでした)そこからまたどうするか考えようと思えた。採用取り消しでチーンとなっていたが、ウェストさんの笑顔を見て生徒に救われた。

焼き鳥を食べながら旦那と話す。「神様は、一体私に何をさせようとしているんだろうね」私は特に信仰深くはないが、いつも何か見えない力や縁などが働いていると思っている。一度採用となったにも関わらず今回学校で教えることがなくなったのも、きっと理由があるのだろう。「きっと困難な状況を与えて、どう乗り越えるか試しているんじゃないかな。その度に君は前に進んで、乗り越えてきたでしょ?今ももう次にどうするかを考えているし。もっと色んなものを見なさいと言っているのかもよ」「その先に何があるんだろう?」「成長して、新しい自分を見つけるんだよ。その先に何があるかは、誰にも分からない」なるほどね。私にも誰にも先のことなど、明日のことすら分からない。

しばらく目の前のことに集中することにした。まずは引っ越しを終わらせる。日本語教師養成講座を修了する。日本語レッスンは朝と夜に集中しているので、昼間に違うことをしたい。どこかの組織に雇われるとなると、今回のようにその組織の勝手や都合で自分の生活が振り回されるのが気に入らない。そんなことを思っていると、今読んでいる本に面白いことが書いてあった。

”いつまでも仕事を誰かにもらうばかりでは、未来に不安が生まれるし、思い通りに行かない時に誰かのせいにしてしまいがちです。

でも、自分で仕事を作ったなら、それがうまくいくかどうかはすべて自分次第になります。

取り換えの利かない人材になり、かつ自分が仕事を好きであり続けるために、「仕事を作る努力」を自ら進んで行っていく姿勢が必要だと思います。”

Source: 小さな野心を燃料にして、人生を最高傑作にする方法(はあちゅう 村上萌著)

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新居で落ち着いたら、日本語を教える以外に何ができるか考えることにしよう。私の軸は、これからも”シンガポールにいるうちに”だ。

無条件で温かく迎え入れてくれる人の大切さ

いつもお世話になっているチャイナタウンの手相占いのTeoさんへ、日本のお土産を持って行くことにした。「こんにちは~、これ日本のお土産です」「おぉ、ありがとう!ランチへ行きましょう」と、チャイナタウンのおいしい中華料理屋(https://www.quandoo.sg/place/yu-zhi-zhi-26572)へ連れて行ってくれた。

「日本はどうでしたか?」「まだ寒かったです。夜は10度以下でした」「10度以下?!それは寒いね。シンガポールと日本の季節、どっちが好きですか?」「シンガポールです」と即答した。私は寒いのが好きではない。

ここのレストランは、北京ダックがおいしいとのことで、色んなものをまた食べきれないくらい昼から注文してくれた。北京ダック、焼き飯、ブラックペッパーチリ(レッドチリのコショウ版のカニ)、イカのカレースパイス焼き。恐らく客人をもてなす時の中国の文化からか、前回に夕食をごちそうになった時に食べきれないほど注文してくれたので、今回はお腹をペコペコに空かせていき全部平らげた!

こちら、絶品の北京ダック。

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焼き飯に焼きイカ。イカはほんのりついたカレースパイスがとても香ばしい。夜だったらビールを飲んでいるところだった。

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これはブラックペッパーチリで、すごくおいしかった。私はレッドチリは辛いのであまり得意じゃないが、これはそんなに辛くなく、胡椒の味付けが絶妙によかった。ソースを焼き飯にかけて食べてもおいしかった。

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Teoさんの商売の状況について話す。「海外のお客さんは、相変わらずたくさんきますか?」「来ますよ。アメリカ、オランダ、イギリス、フィリピン、インドネシア、カザフスタン、日本もたくさんですし、オーストラリアも」今は海外のお客さんがシンガポール人よりも多いらしい。「宣伝はしません。評判で広まったり、人からの紹介で来てくれるんです。人は必要な人に必要な時に会うようになっているんです。だから店の名前がAffinity(縁といったところか)」「手相占いはアジアだけですよね?」だから西欧人が珍しがってくるのだろうか。彼らはシンガポールでトランジットの時などに、Teoさんを訪れるという。「世界中で今や手相占いはあるでしょうが、発祥はアジアですね」私があれこれ食べては、おいしい!!と言っているのを、Teoさんは「ほっほっほっ」とにこやかに笑ってくれていた。

(日本語が話せる店員さんがおり、写真を撮ってもらった)

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その後、Teoさんは近くの大きな寺へ連れて行ってくれた。私はそこへ行ったことはあるが、2階が博物館になっており、3階はMeditationをしたりお祈りする場だということを初めて聞いた。

www.yoursingapore.com

写真を撮ることはできなかったが、まず寺に入ってから線香の上げ方を教えてくれた。50セントをDonation boxへ入れ、線香を一本取り火をつける。それをブッダの像がある方向に膝をついて、線香を持ったまま手を3-5回上下させ、健康や家族の幸運などを祈る。そして日本と同じように線香をしかるべき場所に刺す。日本式と違うのは、膝をつくことだった。日本の寺だと、立ったまま手を合わせてお祈りする。ブータンやネパール、ラダックなどチベット仏教の場合、おでことひざを地面につけ(ネパールは全身を地面につけて)お祈りしていた。自分の身を低くすることで、仏様へのSincererity(日本語で何というの?誠意?)を表しているとのこと。

(ブータン)

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(ネパール)

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2階には色々な国のブッダの像が展示されており、チベットからきたものやタイ、ラオス、中国、カンボジアなどのものがあった。

そして3階へ行く。「ここではMeditationや何か問題を抱えている人が、お祈りしに来ます」真正面の奥にはガラス後しのブッダの像があり、その部屋の周りは座布団を引いてMeditationができるようになっていた。数人の方がそこで目を閉じて静かに瞑想をされている。「やってみますか?」とTeoさん。私は南インドのアーユルベーダ病院や、各国の仏教寺院を周っては似たようなことをしていたので、自然と人差し指と親指をくっつけて輪のようにし、座禅を組んで太ももの上に手を置いた。「おや?慣れてますね?」「はい(笑)」その部屋ではお経がずっと流れていた。その中で目を閉じ、しばし色々なことを忘れようとした。隣ではTeoさんが何か唱えている。もしかしたら仏教徒なのかもしれない。

その部屋の前ではお守りが売られており、腕に巻くタイプのものがあった。石がついていて、緑、黄色、赤色から選べる。「何色がいいですか?」自分で買うのでいいといったのだが、いいからとプレゼントしてくれた。躊躇しながらも私はなぜか緑を選んだ。「緑は、キャリアアップと誰かがあなたを助けてくれるものです」「色に意味があったんですか?」「そうです。だから何を選ぶかを見ていたんです。きっといい仕事がくるでしょう」ははは(笑)分からないけど、スカイプの日本語レッスンの生徒さんは確かに増えている。これを腕に巻いた時、Teoさんが何かを唱えてくれていた。このお守りはチベットから来たものらしく、確かに石にはチベット仏教のマントラ”オムマニペメホム”が書かれてあった。ちなみにこれは自然に切れるのを待つものらしい。私の右腕にはすでに去年の7月にスリランカの仏教僧に巻いてもらった紐があるのだが、今も切れるのを待っている・・・。さらに1月にネパールで買った幸運を運ぶ腕輪(これもチベットから来た)もしており、しまいに神様にいい加減にしなさい!と怒られそう。

(こちら、今日頂いたお守り)

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(こちら去年7月にスリランカでまいてもらった紐。今も切れる気配がない・・・)

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MRTの駅でお別れする。「どうもありがとうございました。いつも時間をたくさんとってしまって、すみません・・・・」「いえいえ、どういたしまして。いいんですよ。また会いましょう」握手をしてMRTに乗り込んだ。

私は自分のことを大切に扱ってくれる人がいることに、感謝しながら帰路についた。私は一度Teoさんの占いをSGD30くらいで受けた客の一人にすぎない。けれど、Teoさんはいつも「元気ですか?」とか、近所のおじちゃんのようにちょこちょこ気をかけてくれたのが嬉しかった。それに無意識に人は人付き合いの中で、相手との利害や損得関係を考えてしまっていたりそれを相手から感じることがあるが、Teoさんにはそういった感情を一切抜きにして「お土産を持って行きたいから」などと理由をつけては、会いに行きたくなってしまう。それはきっと無条件にTeoさんが人を温かく迎え入れてくれ、自分は一人ではないのだと思わせてくれるからだ。どんなに強い人間でも、私はそういった存在の人が必要だと思う。人間は誰かに受け入れられたり認められることで、自分の存在価値を認識する生き物だと思うから。

シンガポール内で引っ越したい ~1週間のカウントダウン編~

ついに来週シンガポール内の違うコンドに引っ越しする。今のコンドにはあと一週間しかいないのかと思うと、少し寂しい気がする。住み始めた頃はなんだか自分の家ではなく、どこかのホテルにずっと住んでいるような感じがしていた。しかし今はシンガポール国外に出て家に帰ってくると、ホッとするようになった。住めばどこでも都になるのだ。それにここに住んでいた約1年半くらいの間にあまりにも色んなことがありすぎて、今振り返るとそのすべてが感慨深かった。新婚生活の開始→初めての転職活動(それも海外で)→異業種・新しい職種で仕事開始→あまりにも環境の変化が多すぎて、適用障害と診断される→3カ月バックパッカーになる→日本語教師もどき開始→本当の日本語教師になる?!

(去年は日本から、3組のお客様が来てくれたコンドともお別れ・・・)

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しかし国内の引っ越しに掛かる費用は、日本でもこんなものなのだろうか・・・。なんか高いような・・・。

<かかる費用のTop 3>

・引っ越し業者:SGD1688(約135,000円)→これが一番高い。

・今住んでいるコンドの掃除業者:SGD450

・今住んでいるコンドのカーテンのクリーニング:SGD12/kg

しかも郵便物の転送サービスが有料だった。もっと広い日本でさえ無料なのに・・・。申請書がこちらのHPからダウンロードでき、それを記入して郵便局へ持って行くらしい。

newsingpost-1711957606.ap-southeast-1.elb.amazonaws.com

問題なのは引っ越ししてから新居でインターネットを使えるようになるまで、約1週間くらいかかることだった。スカイプの日本語レッスンができないので、それは困る。しかも春先(?ここはずっと夏ですが・・・)だからか、新規の生徒さんの問い合わせが増えており、また私もフィリピーノのいつもの英会話の先生と、スカイプで雑談ができないのは寂しい。よって、空港で旅行者が一時的に使うポケットWifiを借りることにした。

www.changirecommends.com

この引っ越し先に決めた時に不動産屋さんに聞かれた。「どうしてここがいいんですか?(もっときれいで高級なコンドもあるのに)」確かに我々の予算内で、もっと高級で新しいコンドに住むこともできた。ただ私はこう答えた。「現地の人の生活が垣間見れる場所で、シンガポール人と同じような暮らしがしてみたかったんです。ここならできると思って」コンドに住んでいる時点で、もやは現地人とはかけ離れた暮らしをしているのは承知の上だけど、いつも私がどこかの国を旅する時と同じようにシンガポールでも過ごしたかった。無駄なラグジュアリーさや、日本でもできるような生活は私にはもう必要なかった。その土地の人と話し、同じものを食べ、一緒に楽しい時間を過ごしたい。そして少しでも自分が他の人の役に立てればうれしいと思う。それだけだった。

(こういうローカル感がいい)

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そんなことを思っていると、KelvinからWhatsAppでこんなメッセージがきた。「先生、僕の友達二人も日本語を真剣に勉強したいんだけど、教えられる?」ちょっと彼はいつも上から目線なのが、逆にほほえましい(笑)そして日本語を勉強したいと思ってくれるシンガポール人が、結構いてとても嬉しい。「もちろん。だけど生徒と先生の相性もあるから、その子によかったらトライアルレッスンを受けてから決めてもらってね」少しはシンガポールの方の役に立てているのかな?と思った午後だった。

マラッカに負けないサンセットの写真を撮りたい ~Lower Peirce Reservoir Park編~

マラッカでは残念ながら夕立に降られて、美しい夕陽を見ることはできなかったが、昨日最寄駅から自宅へ歩いて戻る時に真っ赤に染まった夕陽を遠目に見た。きっとシンガポールでも美しい夕陽を見れるに違いない。マラッカに負けない美しい夕陽が見れる場所を探すことにした。今日はこちらのWebを参考に、Lower Peirce Reservoir Parkへ行く。自宅を出た18時頃は雨が降っていたが、天気予報では19時に晴れになっており日没時間は19:15。今回は何とか夕陽を見れるだろうか・・・。

www.tripzilla.com

バスで30-40分揺られて、貯水池公園に入る。

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Labrador Parkのように、水辺に行くまでは緑に囲まれた道を通る。日本では聞きなれない音で蝉が鳴いている。

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貯水池は思ったよりも広かった。そして少し涼しい。工事の音も車の音もせず、とても静かで落ち着く。

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地元の方の散歩コースにもなっているよう。

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ビルをバックに芝生で大人が楽しそうにサッカーをしていた。

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水辺で夕陽が落ちるのを他の方も待っている。

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が、雨が降ったせいで今日はこれが限界だった。

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夕陽が沈む方向とは逆の雲も赤く染まって、幻想的だった。雲に周りの風景が吸い込まれていくようだった。

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雲がないと、空一帯がかなり赤く染まって美しいと思われる。次は晴れの日にまたリベンジしたい。

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そして近くのお店が連なっているところを散策していると、おいしそうな香港料理のような店を見つけて入る。他にも台湾、中華料理屋などもあったが、私は辛くなくて色々な種類をたくさん食べられる香港料理(広東料理?)が気に入っている。

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ビールがなくて残念だったが、これにシュウマイもいれて全部でSGD22だった。とても安いしおいしくて大満足。旦那はたいていいつも中国語で話しかけられるが、この辺までくると外国人があまり来ないのか、私も中国語で話しかけられるようになった。店内には地元の人達しかいないようだった。

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一日の締めくくりにティラミスも食べる。今日の運動量よりも明らかに食べた量の方が多いが、ひとまず忘れる。旦那はここに来る前に鳥に糞をお見舞いされたが、ティラミスのおいしさでそれすら忘れる。私は先日行ったティラミスヒーローより、こちらの方がヒーロー度は高いと思う。

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「あたし帰ったら、ダンスのエクササイズするわ」「僕は腹筋をするよ」二人とも本当にするのかしら・・・。

タイで出会ったお花をリトルミャンマーで

先週の日本への一時帰国で『シンガポールの生活は、実は貴重なものなのではないか』と思いだし、毎日を丁寧に過ごすことにした。大好きなシンガポールの暑さ、行き交う様々な国の人々、私の日本語レッスンを受けてくれている生徒さん達との一回一回の授業、暇な時にちょっと友達に電話する感覚で話すフィリピーノの英会話の先生・・・。きっとそういう何気ないものが、後々とても懐かしく思うに違いない。

そして気持ちよく毎日過ごすために、植物の力を借りることにした。部屋には既に観葉植物があるのだが(旦那はそれをミドリちゃんと呼んでいる)、日本でも飾っていた自分の好きな花も置くことにした。この花は22歳の時にタイへ行った時、タイ航空が飛行機を降りる時に髪に刺してくれたもので(今はもうそういうサービスはない模様)、あまりにも美しかったのでその後もずっと買い続けていた。ただシンガポールに来てからは花屋が少ないし、高いし、気候のせいかクーラーのせいか花が1週間くらいしかもたないので、あまり買わなかった。

が、リトルミャンマーでお早が安く売られているのを以前発見し、今日は久々にこのお花を調達してきた。(あとミャンマーのスイーツも)

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City Hall駅のB出口を出て道路を渡ったところにあるPeninsula Plazaの3階に、このようにお花がたくさんあるミャンマーのお店がある。

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私が好きな洋ランも様々な色がある。日本ではよく紫や白は売られていたが、このミドリやピンクは初めて見た。とてもきれい。一束SGD3.5(280円くらい)とシンガポールにしては非常に安い。

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そして以前ミャンマー料理屋で食べたスイーツを見かけて、思わず購入してしまった。これはSGD2。料理屋ではこのケーキの中が恐ろしく熱いまま出てきて、口の中をやけどした。ココナッツベースで優しい味がしておいしかったが、今回はどうだろう。食後の楽しみが増えた。

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美しいお花を眺めながら、スパで流れてそうな安らぐ音楽を聞き、新人日本語教師のための本をせっせと読もう・・・。

シンガポールへの適応期がついに来たか

一週間の日本滞在は、食べ慣れた食べ物、行き慣れた店、友人との宴、実家でのんびりするなど、どれも自分が昔手にしていたものであり、ホッと安心するものばかりだった。食べ物も店員さんもきちんとしており、公共交通機関も時間通りに来るし、申し分なく全てがシステマチックに執り行われている一方で、どこか物足りなさを感じたのは気のせいか・・・。

シンガポールにいれば色々な国の人がごっちゃに生活しており、見ているだけで面白いことがたくさんあった。芝生や木陰で寝ているインド人、店の中でお昼ご飯を普通に食べるシンガポール人。どこか知らない場所へ行けば、何かが起こった。(手相占いへ行き、占ってもらったTeoさんと仲良くなるなど)しかしそのようなことは、日本ではなかなか起こらない。

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実はシンガポールへ引っ越した時にどうしてもシンガポールが好きになれず、海外生活に慣れるにはどうしたらいいかを調べたことがあったが、それはこの図のように段階を得て慣れていくようだった。私は今もしや三段階目のカルチャー調整期を通り過ぎ、第二の故郷となる4段階目に入ってきているのではないだろうか。日本にいても、Teoさんと今度ランチへ行く約束をしたり、シンガポールのお友達が週末Ubin島へ行かない?とメッセージをくれたり、Kelvinと次の日本語レッスンのスケジュールを調整したりと、もはや自分の生活拠点や人との関りが、日本からシンガポールへ移っているようだ。(そういえば私は去年の2月に、医者から急性適用障害と診断されていた!何という巻き返し力・・・)

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Source: 海外生活者必読!日本に帰りたい人のための異文化ストレス対応マニュアル

シンガポールへ引っ越した当時は、何もなくて暇だと文句を言っていたが、今思えば自分が何かを発見したり、自分の生活を面白くする能力が足らなかったのではないかと思う。当たり前に過ごしているシンガポールの生活が、実は色々な刺激や日本では起こりえない体験に満ち溢れているのかもしれない。そんなことを思いながら『あぁやはり年中暑いっていいわ~』とこれはこれでホッとしながら、チャンギ空港から自宅へ戻るのだった。