シンガポールにいるうちに🌴

大好きな東南アジア生活の記録

    

フィリピン料理「Adobo」を食べる

フィリピーノのある英会話の先生に、以前お勧めのフィリピン料理を聞いたところ「Adobo」と返ってきた。日本で暮らしていたら恐らく「へぇ」で終わったが、ここはシンガポール。週末はフィリピーノで埋め尽くされるLucky plazaへ食べに行ってみることにした。

一旦Lucky plazaに入ると、ここがシンガポールというのを忘れる。雑多に店が所狭しと並び、服屋やら美容院やら食堂やらが、お構いなしに隣接している・・・。地下のフードコートをうろうろしていると、フィリピンっぽい料理屋を発見した。

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「Kamayan Pinoy」という店にAdoboの写真を見せると、グツグツにている鍋からよそってくれた。ご飯もついていくらだったか忘れてしまったが、ちょっと高いなと感じた。(SGD7-8くらいだと思う)

(右下の野菜の煮物のようなものも、おいしそう)

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これは日本の豚の角煮、中華だとバクテー、沖縄のラフテーなどに似ている。肉は柔らかいし味が染みていておいしいのだけれど、何か少し酸味がある。そして、脂身が結構多いのでご飯とだけは食べられない。無理を言いますが、薄く切った甘酸っぱいカブのような根菜のたくあんが横にあってほしい。この手の料理で私が最もおいしいと思うのは、やはり日本酒にも合う豚の角煮でしょうか。ラフテーだと日本酒には味が濃すぎて、バクテーだと少し薄い気がする。Adoboはたくあんがいる。

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これはまだ食べていないけれど、もう一人のフィリピーノ(悩めるシンガポール女子に、テキーラを飲みなさい!とアドバイスした)のお勧めは「sisig」。その先生はこれとラム酒をロックで飲むのが、最高だそうです・・・。

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単なる暇人に喜ぶ

今日は2週間毎にお互いの近況を報告し合っているJamesと、シンガポールのスタバで直接話す。友人の結婚式のために、ホーチミンから一時帰国していた。「私のこの2週間の進捗は、インフルエンザになったこととマラッカへ行ったことくらいです」「(笑)僕も前回の電話から、そんなに進捗はないよ」それでも我々は色々な話をいつも通りし、最終的には気づくと2時間半も経っていた。

「僕らが始めに出会ってから、どれだけ進捗がありましたか?ほら、目標と期限を設定したでしょう?その時に比べて、Happiness度はどう変わりましたか?」我々は去年11月にYour next stepというMeetupイベントで出会い、たまたま引いたくじで定期的に進捗確認をしあう相方になり、あれからもう4カ月が経っていた。「今振り返るとほとんど達成できています。きっとあの時目標と期限を具体的に設定したのがまずよかったですね。そして定期的にこうして進捗確認をすることで、歩みを止めることがなかった。あなたがプッシュし続けてくれたおかげです」「おめでとう!」

実はYour next stepというMeetupイベント自体は、去年の12月にオーガナイザーが突然活動を停止してしまった。恐らく他のメンバー達は、その時点で相方とこのように進捗確認をしなくなったと思われる。しかし我々は、なぜかその後もずっとコミュニケーションを取り続けた。Jamesはホーチミンに住んでおり、その進捗確認はWhatsAppの電話機能でしていたため、当初はなかなか音声だけの会話は意思疎通が図りずらかった。この人が何を目的にどんなことをしたいのか、それはどのような理由からか等がなかなか理解できなかったし、この人自身がどんな人なのかもよく分からなかった。(あと英語が非常に強いシングリッシュで、尋常じゃなく早く話すため聞き取れないこともある)そこで他の用事もあったがホーチミンへ行って直接会い、顔を突き合わせて色々なことを話したことで、この方の人となりや価値観、しようとしていることなどがよく分かった。そして今では進捗確認だけではなく、お互いの文化や価値観、旅行の話など色々なことを気負わず話せるようになれた。

「ところであなたはホーチミンに住んでいて、孤独を感じることはないんですか?ベトナムの方はあまり英語は話さないだろうし・・・」「結論から言うとあまりないね。”退屈”に感じることはあっても、”孤独”を感じることはあまりない。NPO活動と子供の面倒に忙しいというのと、家族がいるし、僕らはいつも一緒に食卓や行動を共にしているからね」ふむふむ。「孤独というのは、お互いのことを共感したり理解し合えない場合に感じるものだよ。ベトナム人は英語を話さないし、話したとしても流暢じゃないから深い話はできないんだ。僕はホーチミンで去年一人も家族以外にコミュニケーションを取れる人はいなかった。でもたくさん話せる人がいたとしても、お互い理解し合えないと孤独に感じるよ。君は何でも話せる友達が日本にいるんでしょう?距離は関係ない」これを聞いた時『あぁ、孤独と退屈は別物なのだ』と気づいた。恐らく私が日々感じる感情には両者が入り混じっており、それを雑に”孤独”でまとめていた気がする。そして何かあればスカイプで酒を飲みながら何時間も話せる友人がおり、今こうして彼ともシンガポールでコーヒー一杯で何時間も話し続けている。つまり孤独じゃない。きっと私は単なる暇人なのだ!!

(彼に生活を多様化する方法というのを送ってもらった)

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Source: How To Diversify Your Life - Altucher Confidential

「私が求めていた答えはそれです!!」「僕、実は経済学と心理学専攻だったんだ」「え?!そうなの?知らなかった!」それでちょっと他の人と何か考え方が違ったんだな。そうでなければ普通は、シンガポールで花形の職であるに違いない金融業の仕事を辞めて、ベトナムに移り住み、NPO活動などをするのは勇気のいることだろう。「シンガポール人はみな忙しいよ。仕事をして子育てをして、家と会社を行き来するだけで、それ以外のことをする時間もない。でも人はどこかの時点で立ち止まって、自分が何をしたいのかを考えなければならないと思うよ。定年を過ぎた後では遅い」

気づいたら14時でお腹も空いてきたので、解散することになった。(お互いよくしゃべるので、何かを食べながら話すことはできない。食べる暇がない)「また2週間後に!シンガポールにいればここで、いなければWhatsAppでCatch upしましょう」と言って別れた。別れた後に私は単なる暇人と分かり、なんだか嬉しく(?)なってしまった。孤独は自分ではどうしようもないが、暇人なら頭を使えばいくらでも忙しくしようがあるだろうから。

ところで気持ちが軽くなりランチにたこ焼きを食べてみたら、これは関西人には許される代物ではなかった。次日本に帰った時に、タコ焼き器を調達することにしよう。

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のぺっとした生活の脱却計画

「それは自由すぎて、生活がのぺっとしてるんやろ?」元同期で気心がしれた10年来の友達と、Facebookのビデオ機能で3カ月ぶりに話していた。私はワインを飲んでおり「そっちは何飲んでんの?それジュース?」「杏子酒」まだ15:30だったが、さすが長年来の飲み友。画面越しではあるが、自然といつも通り酒を飲み交わしながら話していることにニヤッとした。本当は先週日本に一時帰国し、酒を飲みながら色々と話す予定だった。が、インフルエンザになり帰れなかったため、とりあえず何らかの形で話すことにした。我々は約10年間、ほぼ月一回のペースで飲みに行き、だいたい一軒目の店で閉店時間がきて追い出され、二軒目のカフェでも閉店で追い出され、別れ際の道で立ち話をして終電で帰るというのが常だった。

(あぁ、懐かしい。ここでよく飲んだ・・・)

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Source: https://www.panoramio.com/user/7409085?photo_page=4

私がシンガポールに引っ越ししてから、この月度飲みとお互いの存在がどれだけ大切なものなのかがよく分かった。それは主にこのような理由からだった。

①日本酒が好きで、大量に飲める(あまり日本酒が好きな女子が見当たらない)

②おいしい酒と料理にお金を惜しまないタイプ(この感覚が違うと、注文する時に色々と考えなければならない)

③出身地が近いので、ローカル言語(?)で気兼ねなく話せる(他府県の人が聞いたら、ひっくり返るような暴言を吐くこともできる)

④仕事の愚痴から人生相談まで、ありとあらゆる話ができる(彼女はタロット占いができ、またカウンセラーのように話を聞いてアドバイスしてくれる)

「日本酒を気兼ねなく飲める人がいなくて、さみしいわ~」「ほんまやわ~はよかえってきーよー」から始まり、私の単調になりつつある生活や、時に感じる孤独は何なのかという話になった。「異国にいるからかな?」「孤独の原因が何かなんて考えても、出てこないよ。その時々によって孤独の種類も違うだろうから。組織に所属すれば孤独じゃなくなるわけでもないし、日本にいても孤独は感じるし。だからその時の気分に応じて取れる選択肢を、いくつか持っておけばいいんじゃない?」なるほど。「第二の居場所を作ったとしても、その時の気分によってはそこが居心地が悪くなる時もあるだろうから」彼女曰く、今の私の生活は自由すぎてのぺっとしており(初めてきいた形容詞だけれど、的確な表現だと思う)メリハリがないことと、私が”自分が価値がないと思うようなことに時間を費やして、自由を失いたくない”という複雑なポリシーをもっていることから、対処法が一つでは間に合わんということだった。

そして、彼女のアドバイスはこうだった。

①その時の気分で選べるよう、いくつか行動パターンを持つこと(刺激が欲しい時もあれば、リラックスしたい時もあるだろうし)

②”じゃあ1カ月のうち1週間は違う国へ行く”と始めから決めず、行きたくなったら行くこと(でないとそれもルーチンになる)同じところへばかり行かず、行先もその時の気分で決めること

③一日の中に数時間くらい何か拘束される予定を意図的に作って、生活にメリハリをつけること。それも何か社会的な拘束の中に所属して、その活動をするとよい。それで人は安心する

④近くで誰かと気軽にコミュニケーションを取れるような、場所(か人?)を見つけること。

さすが10年も私の愚痴と人生相談に乗ってくれていただけあり、私の特徴をよく知りそれを見越したアドバイスだった。私はどこかそこへ行けばホッするような第二の居場所を見つければ、何もかもが解消すると思っていたが違った。多分、生活の中の色々な要素のバランスの問題だ。彼女は料理もすごく上手なので、タロット占いの館兼小料理屋か何かを開いて、ぜひ色んな人の悩みを聞いてアドバイスしてあげてほしいと思った。なんとなく女将の風格もあるし。

我々は結局3時間半もしゃべりつづけ、ついに彼女の携帯電話の充電が切れてお開きとなった。さて、”のぺっとした生活”の脱却計画を練ると共に、近々一緒に日本酒を飲みながら話せるよう日本行きのフライトでも調べるかな。

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とあるスペイン人とシンガポール人とお話しして

今回はある2人の初対面の方とお話しし、「会話をすること」について色々と考えた一日だった。

①とあるスペイン人

まずマラッカに行く前に道でたまたま出会ったスペイン人と、ビールを飲みながら餃子を食べて色々と話をした。この方は32か国旅をされており、エジプトとスペイン人の混血らしい。歳は恐らく40代前半と思われる。イベント業(?)をされているそうで、今回はチャンギ空港でのAirline関係のイベントで来星したらしい。仕事もかねてシンガポールに3週間も滞在しているそうで、それはさぞ時間を持て余すだろうと思った。お互いの文化の違いを色々と話したが(日本人は他人との物理的な距離が遠い、スペイン人は近い、インド人は距離がない等)、一番面白かったのは2人とも5分間自分の言語だけで話してみるというものだった。「この餃子はおいしいですね。」「〇▽□×※☆(ここはスペイン語)」「お酒は何が好きなんです?」「〇▽□×※☆」「あぁ、私もワイン好きですよ。赤と白どっちが好き?」「〇▽」「私は白」。5分後にお互いが何を話していたか英語で確認すると、だいたいの意思疎通が取れていた。スペイン語は全く分からないが、ジェスチャーといくつか英語に似たような単語からお互い話している内容を想定できた。「スペインに限らず、ヨーロッパに来ることがあれば連絡してください」「残りのシンガポールを楽しんでくださいね」と別れた。

②とあるシンガポール人

この方はひょんなことから知り合いになった、日本語を10年も勉強しているシンガポール人で日系企業に勤めている。メールで日本語の細かいニュアンスの説明などをしていたが(してもらう。と、してくれるの違いとか)意思疎通が困難になり、同じ国に住んでいるので直接話すことになった。小柄で物静かそうな方だった。「関西弁は聞き取れますか?」「わかりません」「そうですよね・・・」きちんと丁寧語を使っており、毎年日本へ行っているという。「どうやって日本語を維持されているんですか?」「こうやってです」なるほど。誰か日本語を使う相手が欲しかったようだ。

(この日は2回もスタバに行った・・・)

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2人ともお話しして楽しかったけれど、いつものようにカフェやレストランの閉店時間がきて、店を追い出されるくらい長く会話が続かなかったことを、ふと少し不思議に思った。(結構な頻度で我々は店を追い出されていた)

恐らくスペイン人は行きずりの人でもう会うこともないだろうから、お互いのことをあまり深く知ろうとしなかったのだと思われる。とあるシンガポール人は会話をするというより、”日本語を使う”ことが目的だったため、お互いに興味があまり沸かないまま会話を広げることができなかったのだと思われる。

当たり前のことだけれど、会話というのは相手に興味があって初めて楽しいと感じるものなのだと改めて思った。そして誰でもいいからたくさんの人と話せば、寂しさが紛れるものでもないのだということにも気づいた。中身のない会話やお互いを分かり合えない会話は、逆に人を虚しくさせることもあるらしい。きっと誰と何を話すかが大事なのだ。

そして、何時間もとりとめもなく色々なことを話せる人が、側にいてくれることのありがたさを改めて感じた出来事だった。

2/23(木)マラッカから帰って思うこと

8時に起きて朝食を取りに行く。中庭で食べるのは気持ちがいいのだが、朝ごはんに野菜が皆無だったので何らかの野菜が欲しかった。代わりにフレンチトーストとコーヒーを頂く。朝食を食べている客層を見ているとバックパッカーなどは見当たらず、中国人の団体客や少しお歳を召したヨーロッピアンのご夫婦などが多かった。

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ブラブラしていると、なんとスパを発見。惜しいことをした・・・。

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レセプションにタクシーを呼んでもらい、バスターミナルまで行く。10分くらいで着くらしく、20リンギット(約500円)。実は私が泊まった斜め前にも美しいショップハウス”The Baba house”がある。こちらの方が安かったので、一人で来るなら次はここでもいいかもしれない(thebabahouse.com.my

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タクシーの運転手さんは中華系のおじちゃんだった。「マレー語を話しますか?」「はい」「中国語と英語も?」「えぇ、話しますよ。中国語は、マンダリンではなくホッケンですが」マレーシアに住む中華系の方はマレー語も話すのか・・・すごい。その後、おじちゃんが誰かと電話で中国語で話す。切った後に「わかりましたか?」と聞かれたが、分かる訳がない。「プーカーイーだけ知ってます」「あぁ、できないという意味ですね」「分からないはどういいますか?」「プーミンパイ」旦那に教えてあげよう。ところでおじちゃんが若い頃は、シンガポールはマレーシアの一部だった。「シンガポールへ行ったことありますか?」「ありますよ。日本にもね。日本人のガールフレンドがいたんだ。もう結婚したと思うがね。長いこと会っていない」きっとこのおじちゃんは、若い頃イケイケだったに違いない。

バスターミナルに着き、まずバスのチケットカウンターを探す。このターミナルはショッピングモールになっており、広くて迷う。

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看板のTerminal Bas Antara Negeriの下にInterstateとあるので、こっちが国際線のようなものだろうと思いその方向へ進む。

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すると色々なバス会社のカウンターが見え、私の乗るバス会社707を見つけた。

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予約票を出すと、バス停は15番だと告げられる。

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少し時間があったので、お昼ご飯を買うことにした。テイクアウトができるおいしそうなマレー料理屋さんに入る。

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これで4.5リンギット(約113円)なんという安さだろう。

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バスに乗り込むと、今回はきちんと運転手さんが乗客の人数を数えていた。窓からはココナッツの木々が永遠と続き、12時を過ぎたあたりで私はお弁当を食べる。

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その後、マレーシアからの出国手続き、シンガポールへの入国手続きを終える。マレーシアからシンガポールへ入る方が人が多く、手続き中にバスに置いていかれないかとひやひやした。あとマレーシアの入国手続きの建物が結構広くて、少し時間がかかった。手続きを終えて外に出るとバスがたくさんあり、どこに自分のバスが止まっていたか覚えておかないと少し焦る。1時間ほど走りブギスに到着した。やはり帰りも4時間だった。

次はもう少し早くシンガポールを出ようと思った。9時発のバスで13時にマラッカに着き、ランチをのんびり食べて休憩してその辺をウロウロする。夜は川沿いの涼しいレストランでビールを飲みながらご飯を食べ、早めにホテルに戻りたい。

(実はこれが食べたかったのだが、行った中華レストランにはなかった)

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昨日出会ったスペイン人に『マラッカはどうだった?』と聞かれたが、返答に困った。特に何をするでもなく、ただバスに4時間も乗り、歴史のあるショップハウスに目を奪われたり、マラッカ川で涼んだり、おいしいニョニャ料理を食べただけだった。それでも総じて何だか楽しかった。

私は基本的に同じ場所を旅しない。しかし今回マラッカに行ったのは、単調になりつつあった生活に刺激が欲しかったことと、どこか近場でシンガポールの自宅以外の第二の居場所を見つけたかった。いつでもそこへ行くことができ、決まった顔ぶれの人が迎えてくれるような場所を・・・。去年長く一人旅をしていた時は、宿、レストラン、街中など、いつでもどこにいても人がそこにおり、人との関りが常だった。そしてどこでも第二の居場所のようになり得た。毎日通ったカトマンズのレストランのおっちゃん、ラダックのホテルの食堂のお兄ちゃん、顔見知りになったフィジーの小さなホテルのお客さん達・・・。そういうホッとする場所(というか人?)が、今のシンガポール生活には見当たらない・・・。ありがたいことにお茶やご飯に行ける友人もいるというのに、この妙な感じは何なのだろう。知り合いや友達が何人いたとしても、異国にいるというだけでこういう複雑な気持ちになるのかな?などと思っていると、チャイナタウンの占い師のTeoさんから『私もあなたを迎え入れますよ。今度、何か新しい食べ物を試しに行きましょう』という温かいメッセージが届いた。なんだか『一人じゃないんだ』と心が和んだ。

2/22(水)シンガポールからマラッカは結構遠い

シンガポールからマレーシアのマラッカへバスで1泊2日のショートトリップをする。マラッカへは7年前に行ったが、当時ペナン、クアラルンプールへ行った後マラッカに1時間くらい寄っただけで、よく覚えていない。ちなみにバスはここから予約でき、片道SGD12とかなり安い。

www.busonlineticket.com

マラッカは2度目だしマレーシアもお隣の国だけれど、朝家を出た時になんだか爽快で自由を感じた。そしてブギス駅から徒歩5分くらいでバス停に到着した。707と書かれたカウンターに予約票を出す。「早すぎるので、ここでバスを待ってて」確かに11時発のバスだけれど、まだ10:20くらいだった。

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向かいにはジョホールバル行きのタクシー乗り場があった。タクシーだといくらくらいなんだろう・・・。

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時間を潰そうと思ったら、面白いことがいくつかあった。まずバスターミナルのトイレを使おうと思ったら30セント(ティッシュ付き)払わないといけないようで、小銭がないので2ドル渡すとお釣りが80セントしか返ってこない(苦笑)「お釣りが足りないよ」とおばあちゃんに英語で言うが、中国語しか返ってこないので分からない。「〇▽□×※☆!!!」なぜか私がすごく怒られた。そして最終的には1ドル40セントまで返ってきた。

そして近くのセブンイレブンへ水を買いに行くと、観光客っぽい方に中国語で何か話しかけられた。旦那が”わからない”は中国語で『プーカーイー』だと言っていたので、そう言ったのに通じないではないか。大学の第二言語で中国語を取って、レベルがAdvancedだと言っていたくせに。

その後水を買ってバス停に戻ろうとしたら「日本人ですか?」と突然見知らぬ人に話しかけられた。この方はスペイン人で京都に来週行くが、京都の近くにいい観光先がないか知りたがっていた。「私は日本の文化に興味があるのですが、日本人は英語を話さないし、シャイで仲良くなるのが難しいんです。距離を感じます。我々は酒を飲んでハグやキスをしてすぐに仲良くなれるのですが・・・ところでどこに行くんです?」「マラッカです。シンガポールは退屈ですから」この時、彼の顔には『あぁ!!分かってくれます?』というような安堵が感じられた。連絡先を交換し、マラッカから帰ったらビールでも飲みながらお勧めの旅先を話すことになった。

バスの運転手は乗客のチェックもせずに、11時にいきなりバスを発車させた。室内はきれいだし足元も広いし、リクライニングになっている。しかし思っていた通りシンガポールエアライン並みに恐ろしく室内が寒い。私はウルトラダウンを着たが、横のヨーロッピアンのバックパッカーのカップルは短パンにノースリーブのまま。一体どんな皮膚をしているのだろう。

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走り出して1時間ほどで出国手続き所に着く。少し走って次はマレーシアの入国手続き所に着く。運転手のおっちゃんは何も説明してくれない。とにかく降りて雰囲気で必要そうなことをする。マレーシアの入国手続きの際は、スーツケースなどの荷物をすべて持って行き検査を受けなければならない。

その後途中でトイレ休憩はあったが、食べ物はスナックのようなものしか売っていないし、バスはおもむろに出発するのでのんびりしていられなかった。(何時に発車するとも何とも言ってくれない)持ってきていたチョコバーでとりあえずしのぐことにした。

11時にシンガポールを出て、マラッカのバスターミナルに着いたのは15時頃。なんと4時間もかかった。(3時間くらいかと思っていた)私は市内のCasa Del Rio Melaka Hotelで降ろしてもらうことになっているが、運転手のおっちゃんはバスターミナルでショッピングモールに入って行ってしまった。おっちゃんを追いかける。「すみません!Casa Del Rio Melaka Hotelへ行きますよね?」「タクシーを拾え」「なんだと!?ここまでの金を払ったんだ!」「なんか食べてからだ。ちょっと待ってろ」あ~そういうことね。行くなら行くと始めから言ってよ。怒った分のエネルギーを返してほしい。

無事Casa Del Rioで降ろしてもらい、歩いて宿に向かった。

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徒歩10分もかからなかった。今回泊まるのはこちらのショップハウス。(Hotel Puri Melaka - OFFICIAL Website)一度ショップハウスに泊まってみたかった。

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中に入るととても広くてびっくりした。外から見るより奥行きがあり、庭もあったり、部屋数も多いし、ここはエレベーターもついていた。プラナカンの調度品がとても美しい。スタッフも英語が通じてサービスがよい。

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部屋はアパホテルより少し広いくらいでしたが・・・。

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思ったよりもバスに乗っている時間が多く、お昼ご飯をきちんと食べられず疲れた・・・。少し休憩して外をブラブラすることにする。

私の泊まるエリアはシンガポールよりも歴史を感じるショップハウスが立ち並び、下町っぽいよい雰囲気だった。狭い道をひっきりなしに車が通るのは少し危なかったが、カフェやプラナカンの博物館、ギャラリーなどがあり、散策するのいい。

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プラナカンの伝統衣装が美しい!私はどの国でも伝統衣装を見るのが好きで、そしてそのどれもが美しく感じる。

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街の中心に出てきた。近くにはマラッカ川が見える。

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橋を渡るとオランダ広場に出た。これはガイドブックなどでおなじみの光景で、キティちゃんやポケモンなどの人形でデコレーションされたリキシャがたくさんいる。マラッカは世界遺産に指定されている街なのだが、個人的にはこのリキシャは街の景観を損ねている気がする。しかもこのリキシャからは洋楽などが大音量で流れており、非常にやかましい。

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マラッカはシンガポールよりも明らかに気温も湿度も高い。それにこんなに炎天下の中を歩き回ったのが久しぶりだったので、すぐに疲れてしまった。川辺で風に吹かれて涼む。「あのボートはどこで乗れるのかしら?」大きなヨーロッピアンのおばちゃんに聞かれる。「あぁ、多分あそこじゃないですかね?ボートがたくさんありますから」「遠いわね・・・ありがとう」リキシャのおじちゃんが話しかけてくる。「日本人?」「そうです。」「名前は?この子マコ。今日着いたばかり」日本人女子を乗せているのだから、私に話しかけずに仕事をしろ(笑)と思ったが、ちょうどいいので場所を聞く。「セントポールの丘にはどうやっていけばいい?」「すぐそこ、5分くらいね」

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セントポールの丘でマラッカ海峡に沈む美しい夕陽が見れると聞いたので、行ってみる。教会の遺跡のようなものが残っているが、興味がないので特に見ない。(すみません)

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このヨーロッピアンも特に教会の跡地は見ない。しかもザビエルさんのふもとに座ってしまっていいのだろうか・・・。

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サンセットの時間が近づくと、人が続々と上がってきた。

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ホテルのレセプションのお姉ちゃんは、18:30-18:45がサンセットだと言っていたが、全然陽が落ちない。シンガポールよりもえらく陽が沈むのが早いんだなと思っていたが、多分シンガポールと同じく19:30くらいだと思われる。さらに今回は19時頃に雨が降り出し、これが限界だった。それに思ったより海が遠い。晴れだったとしても、これだと南インドのケララのマラリビーチで見た地平線に落ちていく夕陽の方が大きくて美しいと思う。多分私は美しいものを見過ぎて、色々と感動が薄くなっている。

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お腹が空いたので、橋の近くにある中華料理屋に入ることにした。ニョニャ料理もある。ニョニャ料理は平たく言うと、中華にマレーのスパイスを使った見た目は中華で味がマレー的な食べ物で、野菜も多いし辛くないものを選ぶと割と薄味なので気に入っている。

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八宝菜の具に湯葉や春雨などが入った柔らかい味の野菜炒めに、ビールとご飯を頼んだが、これでは量が少ない。追加で店員さんお勧めのチキンを頼んだら多すぎた。これで約35リンギット(880円くらい!安い!)

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お腹がいっぱいになりながら、宿に向かった。夜のショップハウスもまた美しい。週末は近くのJonker streetで公開カラオケがあるようで、平日に来てよかった。久々に静かなホテルを見つけてホッとしながら、今日は早々と眠りについた・・・。

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バックパッカーのバイブル「深夜特急」を読み返して思うこと

インフルエンザが完治するまで外に出れないので、沢木耕太郎の深夜特急を読み返すことにした。これは著者がデリーからロンドンまでを乗り合いバスで行くことを目標に、香港を皮切りに南下し、様々な国を旅するあまりにも有名な旅行記だ。

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「おもしろい?」と旦那が興味を示す。「おもしろくないはずがない。あ、この日本語は否定の否定に推測が入った表現だ。”おもしろくない”+”はず”+”がない”。分かる?」「日本人だからね」「そうやね」なんか日本語を教えていると、話している日本語を分解する癖がついてしまった。

「バックパッカーしてる人で、この本を読んだことない人なんていないよ!(多分)これを読むとそこに出てくる国に行きたくなると思うよ。私はこれを読んで、タイとベトナムへ行ったね、昔」「ここに出てる国、ほとんど行ったんじゃないの?香港行ってたっけ?」「香港は行った。マカオには行ってない。確かにここに出てくる国へほとんど行ったね」旦那が作ってくれたライスボール入りぜんざいもどきを食べ終わる頃には、旦那もKindleで購入した深夜特急を既に読み始めていた。

この本のすごい所は、これを読んでいるとあたかも自分もその国を旅しているかのように、旅の高揚感を味わえること。そして自分も同じところに行ってみたい!と思ってしまうところだった。私はこの本を読んでからアジアの国々を一人旅するようになり、今もその熱は変わらない。読み返していると、沢木耕太郎がしてきたような旅をしたい、自分がいつもアジア諸国でする一人旅のような刺激をまた感じたい、そして少し単調になりつつある今の生活に冒険心を取り戻そうと思えた。どうも人間はそれが退屈だと分かっていても、変な安心感からか毎日同じことをしたり、楽な方へと流れて行ってしまうようだ。

しかし私はせっかく、沢木耕太郎がその旅の一部で訪れたシンガポールにいるのだ。ただ、当時シンガポールを訪れた彼のコメントはこう記されている(苦笑)

”チャイナ・タウンもうろついたし、オーチャード・ロードも歩いた。タイガー・バーム・ガーデンも見物したし、あらためてサルタン・モスクへも行ってみた。だが、どこもつまらなかった。すべてが、これまで通ってきた土地にあるものばかりだった。しかも、そのミニチュアにすぎない。”

「深夜特急2 マレー半島・シンガポールより」

のちに彼は、これは一番初めに訪れた香港での旅が刺激的過ぎて、その後どの国へ行っても香港を求めたために陥った感覚だったと振り返っている。確かに、私もブータンへ一発目に行ってから、その後行ったベトナムやラオスの旅中でもずっとブータンロスに陥った。しかしある時点で『その国にはその国の良さがあるのだ』ということに気づいた。

また、旅に出るかな。

(深夜特急にも出てきたマラッカ。ただし、これは7年前)

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